ともあれボークの主張は翌年の連邦最高裁判所に支持され、その後最高裁や判事がこの方向性に沿って略奪的価格設定や共謀を認める諸判示を出し、反トラスト法の意味を変質させていった。
本書は、この頃から90年まで、スポンサーを得た法律・経済学センターが、連邦裁判所裁判官のための経済学研修会を毎年開催してボークの教義を広め、利益相反にもかかわらず現役裁判官の40%が受講したという指摘を添えている。
この目を覆いたくなるような癒着とともに、司法省と連邦取引委員会の合併ガイドライン改悪の歴史が存在する。買収正当化のための口実だった「効率性」は60年代には否定されていたが、80年代からの例外規定や合併承認の上限引き上げを経て、2010年にはついに合併の最大のメリットとして、ガイドラインでむしろ求められるに至るのだ。
20世紀初頭のアメリカの反トラスト法は、こうして見る影もなくなった。新自由主義的政策の浸透、進展は、歯止めとなるはずの司法とのせめぎ合いを押し潰して、というより司法の担い手をも買収して行われたのである。
こうなると、PEが法律と政治を操り、ルールを書き換えるというさらに酷い手法も、何ら問題なしとなり果てる。しかしバルーはそれでも、ガイドライン改訂の試みや長く係争中の案件の存在についても随所に盛り込み、争点は法制度だと次第に明らかにして、われわれがなすべきこと、行動指針を示す第3部へと読者を導くのである。
PEの真実に向き合う
PEの存在もこれらの内容も、少し分野に明るい人なら既知の歴史かもしれない。またバルー自身、これまでPEに携わってきた人々やその活動がすべて悪だと断じているのではない。健全な資本主義や企業家精神には敬意を持っているという。
しかし、小規模ビジネスをそれだけで否定したり、公的サービスの領域や関係者を貧困と名指しし、尊厳を欠いた扱いをしたりするのは適切ではない。そして悪意ある手法、巨大な癒着の現実は、やはり存在するのである。危ういのはそうしたPEの側面を知らずに説得されてしまうこと、ただ現状を憂い嘆いて何もしないことである。
だからこそ本書は幅広い読者に、特にビジネスに関わる人々にも、PEに関する知識を得るよう勧めるのである。もちろん弁護士や司法の担い手全般には言うまでもない。メスを入れるべき暗部の核心を示し、協働へと誘う。
ひるがえって日本だが、アメリカは近しい存在であり、またそれと名乗らないケースを含めPEは少なからず存在する。平明な邦訳が適切な時期に刊行されたことを歓迎したい。


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