中でも大きな影響を与えたのが、19世紀の政治哲学者ジョン・スチュアート・ミルである。
ミルは名著『自由論』において、伝統や慣習の制約を「慣習の専制」と糾弾し、個人が自らの生き方を自由に試みる「生活の実験」こそが人類の進歩をもたらすと主張した。
ミルの思想に導かれたリベラル・プロジェクトは、社会に存在するあらゆる「防護柵」を次々と解体・撤去していったのである。
「メリトクラシー」が産み落とした新たな階級闘争
この「防護柵の撤去」によって、誰が利益を得て、誰が犠牲になったのだろうか。ここに現代リベラリズムの冷酷な欺瞞が存在する。
知財や高度な教育資本、経済的ゆとりを持つエリート層(専門職・経営者階級)は、公式の場では伝統的な家族観や習慣を「不寛容で排外主義的だ」と非難し、防護柵の解体を主導した。
しかし彼ら自身は、個人的な領域において高い婚姻率を維持し、子供に巨額の教育投資を行い、強力なプライベートのセーフティーネット(新手筋の防護柵)を自前で構築していたのである。
一方で、資産も高度な学位も持たない労働者階級(ノーマルズ)から、地域共同体や伝統的家族、信仰という「共同の防護柵」が奪われたとき、彼らには何の防壁も残されなかった。離婚率の上昇、地域社会の空洞化、薬物(オピオイド)中毒の蔓延、絶望死の急増――。防護柵を失った大衆の生活圏は、惨憺たる荒廃に見舞われることとなったのである。
ジャーナリストのマイケル・リンドが指摘するように、現代社会に現れたのは「新しい階級闘争」である。それは単なる「富の格差」にとどまらず、「学歴と制度的特権を独占する経営者・専門職エリート」と「発言権を奪われた労働者階級」の間の根深い断絶である。


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