こうした状況はなぜ生じるのか。
答えはある意味シンプルで、それは「農村型コミュニティ」的な関係性を都市に持ちこむことによって生まれる結果である。
言い換えれば、それはまさにここで論じている「都市型コミュニティ」的な関係性、すなわち「個人が独立しながら、集団を超えて(ゆるく)つながるような関係性」の未成熟によるものなのだ。
したがって「都市型コミュニティ」的な関係性の確立こそが、経済面を含めて日本が直面している構造的な課題群を改善そして解決していくカギになり、またそれは日本人の「幸福度」とも深く関わるという点は、こうした日常的な人と人との関係性や行動パターンに広く及ぶのである。
今の日本は「都市型コミュニティ」的関係性への過渡期
日本社会の現状についてのいささかネガティブな議論が続いたが、では今後の展望はどうか。
端的に言えば、現在の日本は「古いコミュニティ(=農村型コミュニティ)が崩れ、新しいコミュニティ(=都市型コミュニティ)が作られていく、そのあいだの過渡期にある」というのが私の認識である。
先ほど「稲作の遺伝子」という点について述べたように、ある社会において農村型コミュニティ的な関係性と都市型コミュニティ的な関係性のどちらの比重が大きくなるかは、決して固定的なものではなく、その社会が置かれた状況によって変化していく。
私はこれを「関係性の進化」と呼んでいる(拙著『コミュニティを問い直す』)。
先述のように都市の中に「カイシャ」と「(核)家族」という農村型コミュニティを持ち込みながら高度成長を遂げたのが戦後ないし「昭和」の日本だったわけだが、経済が成熟する中でそうした好循環がうまく機能せず、多くの面で矛盾や不協和が拡大しているのが現在の日本である。
本稿で述べている日本人の「幸福度」の低さもこれと連動している。つまり先ほど確認したように、それは(「社会的サポート」「人生の選択における自由度」「寛容性」という)人と人との社会的関係性のありよう、言い換えれば「都市型コミュニティ」の未成熟に由来する部分が大きいのだった。


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