東京・世田谷区の住宅街にある。日本学園中学校・高校として年輪を刻んできたが、2026年4月からは明治大学の系列校に衣替えし、男女共学化して新たな歩みを開始した。ルーツとなる東京英語学校から数えると明治以来140年余りの歴史がある。その伝統を背景に、文化勲章の受章者を8人も出すなど各界に逸材を送り込んできた。
高校ごとに見る文化勲章受章者とノーベル賞を巡る縁
ルーツは、1885(明治18)年創立の私立東京英語学校。明治、大正時代の思想家、教育者である杉浦重剛(じゅうごう)が創立者だ。第一高等中学校(のちの第一高校、現在の東京大教養学部)への進学予備校という存在だったが、1892年に尋常中学私立日本中学校に改称し、いわゆる旧制中学校の一員になった。
戦後の学制改革により1948年、日本学園中学・高校となる。男子校であることに変わりはなかった。
東京英語学校―旧制日本中学校―新制日本学園を通じ、卒業生あるいは中退者の中で文化勲章の受章者を計8人も輩出している。
文化勲章制度は37年に始まり、第1回受賞者は9人だった。その中に2人の東京英語学校OBがいた。日本画家の横山大観と、歌人の佐佐木信綱だ。
近代日本画の巨匠・横山大観は、東京府中学(現・都立日比谷高校)に学んだあと、東京英語学校を卒業し、東京美術学校(現・東京芸大)に第一期生として入学した。
万葉集の研究で知られる佐佐木信綱は、数え年わずか13歳で東京大学文学部附属の古典講習科に入学した。信綱はその在学中の2年間、東京英語学校の夜学科で英語を学んでいる。英語教育の専科で、帝国大学を目指すうえで欠かせない科目を、夜間に補っていたことになる。同じ頃の東京英語学校には、横山大観も在籍していた。
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