だが、ミリアッド社はBRCA1を検査する権利に特許申請を出して、その権利を独占しようとした。ミリアッド社に対して大規模な裁判が起こされた。
キングはアクティビストとして黙ってはいられなかった。原告団を支える精神的な支柱になった。「遺伝子は自然の産物であり、人間が発明したものではない。単に体から取り出したからといって特許を与えてはいけない」。キングは強く主張した。
こうして、2013年、裁判闘争の末にミリアッド社の特許は完全に無効化された。
科学者であると同時に、社会運動家だった
BRCA1が見つかったあとも、キングの挑戦は続く。
アルゼンチン、エルサルバドル、ルワンダ、ボスニア・ヘルツェゴビナ。世界に軍事政権や紛争があり、大量の殺戮があった。キングは犠牲者の埋葬地から遺骨を回収し、DNA鑑定を行って身元を確定し、遺族に返すという社会運動に取り組んだ。
キングの信念は、誰も見向きもしない、あるいは諦めている問題に遺伝学の力で光を当てて、社会的に弱い人々を救うというものだ。彼女は科学者であると同時に、原点はそのままで社会運動家だったのである。
なお、BRCA1遺伝子はミリアッド社が手に入れたが、発見に至る最大の功績者はキングであると考えられている。24年にはノーベル生理学・医学賞の有力候補になっていたことは記憶に新しい。道なき道を切り拓いたキングの業績は金字塔として今でも輝いている。


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