家を出てからの数年間は、住まいの確保との戦いでもあった。友人が借りてくれたマンションを出たあと、次の住居を探すもなかなか見つからない。当時の収入では、部屋の一角を間借りするルームシェアが精一杯だった。100件近くの問い合わせを送ったが、「子どもがいます」と書いた瞬間、返信は途絶えた。
<このままだと、ホームレスになるかもしれない……>
そう思い始めたころ、ようやく部屋が見つかった。生活スペースを共有する形の、タウンハウスの一室だった。
「逆にここでいいの?」
貸主にそう聞かれるほどの狭さ。それでも、藁にもすがる思いで契約した。家賃は950ドル、日本円で約15万円。20代3人との共同生活。トイレは決して清潔とは言えず、カミソリもそのまま置いてある。居心地のいい空間ではなかったが選択肢はなかった。
「4畳くらいの部屋で、お布団を敷いて終わり。起きたら半分に畳んで。ご飯の時もリビングで他の人の友だちが来てたりすると、お布団のところでおにぎりとか持ってきて、子どもに食べさせていました」
ほどなくして、家賃の値上げを告げられ、また次の住まいを探すことになった。
住まい探しに追われる一方で、まゆこさんはもうひとつの区切りをつけていた。離婚が成立したのは、2024年2月のことだ。
元夫は裁判所からの通知を無視し続け、調停にも一度も姿を見せなかった。最終的に、権利放棄という形で、単独親権を得ることができた。
「念のために、壊されたものの写真や日付を、その都度スクリーンショットして記録してたんです。これが、弁護士さんに相談するときに役に立ちました」
在留資格についても、条件付きグリーンカードから永住権への切り替え手続きを進め、こちらも無事に完了した。
奇跡のような物件
離婚が成立してからも、まゆこさんの住まい探しは続いていた。ルームシェアの部屋を出たあとも、同じような境遇の物件を渡り歩く日々。子どもを育てながら、腰を据えて暮らせる場所にはなかなか出会えなかった。
それでも、毎晩のように不動産サイトを検索し続けた。転機が訪れたのは、2026年に入ってすぐのことだった。
ある晩、目に留まったのは、あまりに安い家賃の物件。「詐欺じゃないか」と疑ったほどだったが、調べてみると、低所得者向けの補助制度が適用される物件だとわかった。 すぐに申し込み、無事に入居が決まった。


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