「これはあかん……」
そう感じても、当時のまゆこさんには、すぐに逃げ出せるだけの環境がなかった。この出来事も、積み重なっていく違和感や恐怖のひとつだった。それが、11月の決断につながっていく――。
家を出て1カ月ほど経った、12月25日の朝。
いつものようにパソコンを開くと、様子がおかしかった。自分のGoogleアカウントに、ログインできない。そういえば、パスワードは過去に夫が設定したまま変えていなかった。写真などすべて消えている。SNSのプロフィール写真は、見覚えのないいかがわしい画像に差し替えられていた。すぐに、夫の仕業だとわかった。
友人が遠隔操作でパスワードを変更してくれている、まさにそのとき――。
ドンドンドン! 玄関を叩く音がした。心臓が飛び跳ねる。
ドアの向こうにいたのは、夫だった。
友人がすぐに警察を呼び、その場は事なきを得た。しかし友人夫婦にまで危険が及び、それ以来友人との関係もギクシャクしてしまう。
その後も、義父が病院に運ばれる様子の動画が送られてきては、「子どもに会わせてくれ」と言われた。家を出るとき、持ち出せたのはスーツケース1個だけ。それ以外の荷物は、その後すべて処分されていた。
それでも、まゆこさんは日本に戻るという選択をしていない。
国際結婚の子どもを、一方の親が無断で自国に連れ帰ることを禁じるハーグ条約の存在も大きい。離婚が成立していない以上、子どもたちを日本へ連れて行くには、元夫の同意が必要で、帰国という道は事実上閉ざされていた。
住まいを求めるも…100件送って、すべて既読スルー
逃げてから2週間後、友人が彼女の名義でマンションを借りてくれた。そこで、まずは生活の基盤を作るため、仕事を探し始める。
「図書館行って履歴書ぶわーて送りまくって、用事済ませてを繰り返しました。けど、普通の仕事が箸にも棒にもかからへんくって」
そんなとき、知人を通じて保育士の仕事に空きが出るという連絡を受けた。2022年3月、今の保育園に採用が決まったが、実際に働き始めたのは5月。それまでの数カ月、貯金は目減りする一方だった。
「貯金もなくなってきて、ドキドキして。精神的にもむちゃくちゃ辛い時期でした」
それでも、2人の息子はひと足先に同じ保育園に通えるようになり、生活の輪郭が少しずつ見え始めていた。


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