ブライアン・マーチャント著の『ザ・ワン・デバイス:iPhoneという奇跡の“生態系”はいかに誕生したか』によると、アップル社を創設したジョブズは最初、iPhoneの開発に乗り気でなかった。
その企画に自信を持っていたエンジニアたちは、まずはジョブズを説得しなければならなかった。
プロセスの一部としての失敗
マーチャントが書いているように「エンジニアたちは、ジョブズにこの製品を提案する際に、的確なやり方とそうでないやり方があることを知っていた。そして、非常に戦略的に、ジョブズが耳を傾けてくれそうな日の、ジョブズがそういう気分のときに、ふさわしい人物からジョブズに企画を伝えてもらう必要があった」。
エンジニアたちは、アップルのインダストリアルデザイン担当者であるジョナサン・アイブをその人物に選んだ。
アイブは言った。「折をみはからって、つまり、ジョブズの機嫌がいいときに、彼に話すことにする」。
アイブはジョブズの最も親しい友人の1人だったが、そのアイブが企画を打ち明けて、試作品製作の相談をしようとしたときも、ジョブズの心は動かなかった。
マーチャントによれば、彼はただ「メエ(ふーん)と言った。そして、その企画をさっぱりと忘れた」。
しかしエンジニアたちはあきらめなかった。何度も試作とテストを繰り返し、タッチスクリーンという新しいテクノロジーを完成させた。そのあとエンジニアたちは製品を再度ジョブズに提示して交渉した。
マーチャントはそのときのことを次のように描写している。
「思ったとおり、ジョブズは意見を変えた。彼はさらに考えた。もう一度デモを見せてくれと言った。『なるほど、これはすごい』。それから数カ月と数週間が経つころには、彼はそれが大好きになっていた。そしていま、彼は言う。『ねえ知ってる? マルチタッチ? うん、ぼくが発明したんだ』」
エンジニアチームは、この種の交渉の失敗はプロセスの一部だと最初からわかっていた。ジョブズがうんと言うまで何度か交渉しなければならないのは承知のうえだった。


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