対応バイアスを示す古典的な実験がある。被験者に、ある人物が書いた文章(キューバのカストロ政権を支持する内容)を読ませるというものだ。
事前に「これは講義の課題で、賛成・反対の立場をくじ引きで強制的に割り当てられて書いたものだ」と説明されていたにもかかわらず、被験者の多くは、その文章を書いた人物を「本当にカストロ支持者なのだろう」と判断してしまった(※2)。
状況による制約(強制された立場)を頭では理解していても、目の前の行動をそのままその人の内面の表れとして受け取ってしまう、というのが対応バイアスの核心である。
大田県議は、この訪問団の中で「代表」という肩書を持つ立場にあった。役職に伴う「もっと自覚的であるはずだ」という期待が大きいほど、そのギャップは際立って見える。同じ行動でも、肩書のない議員より、代表という立場にある議員のほうが、強く「その人自身の資質」として結び付けられてしまう。
これが、同じ1枚の写真に写っていながら、特定の1人だけが突出して追及される理由である。
本人の「今の自分」と、世間が見る「あの日の自分」のズレ
もう1つ興味深いのは、大田県議本人の感覚と、世間の受け止め方の間に生じたズレだ。
人には、過去の自分の失敗や未熟さを、「今の自分とは切り離された、いわば別人」として心理的に距離を置いて捉える傾向がある。これは「時間的自己乖離」と呼ばれる現象で(※4)、自己防衛的な記憶の処理として広く確認されている。


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