映画『返校 言葉が消えた日』(19年)はその筆頭と言える。戦後、戒厳令下の台湾で横行した国家権力による思想や言論弾圧を問うた本作は、序盤はホラーとして観客を引きつけるが、物語が進むにつれて、次第に過去の恐ろしい歴史を明らかにしていく。ホラーと歴史のリアリズムという一見、対極にありそうな要素がうまくかみ合い、19年の台湾映画興行収入で1位を記録するなど幅広い世代から支持を集めた。
映画『僕と幽霊が家族になった件』(22年)も台湾らしさが際立つ。台湾や中国には「冥婚」と呼ばれる習俗がある。未婚のまま亡くなった人の遺品を遺族が「赤い封筒」に入れて路上に置き、それを拾った人は死者と結婚しなければいけないーーというものだ。
映画は「冥婚」に「同性婚」の要素を組み合わせ、コメディやアクションも交えて描く。19年にアジア初の同性婚法制化を実現した台湾ならではの斬新なユーモアが発揮された作品だった。
なぜ怪談にひかれるのか
それにしても、科学万能とも思える現代社会にあってなお、私たちが怪談にひかれるのはなぜだろう。先に紹介した『現代台湾鬼譚』のあとがきで、著者の伊藤龍平氏が印象的なエピソードを紹介している。
東日本大震災が起きた11年。伊藤氏の勤務先(当時)の台湾・南台科技大学で、日本語学科の学生たちが、日本の新聞の切り抜きを手元に、震災で亡くなった犠牲者の名前を一人一人、お札に書き写していたという。お札は近所の廟に納めて供養すると話したという。
「遠く離れた異国の地で、犠牲になった方々とは縁もゆかりもない台湾の学生たちによって、人知れず死者の魂を慰める営みはおこなわれていた」(伊藤氏)
「おそらく、こうした死者にたいする畏れの気持ちが、本書で紹介してきた現代台湾の鬼(グェイ、幽霊)の話の根底にあるのだろう」(同)
日本と台湾。場所は違えど、死者を悼み、労る思いは同じだろう。
今夏も地震や豪雨をはじめ、自然の猛威が日常を襲った。人生を突如、断ち切られた人々の無念や、ともに生きてきた人々の心痛は計り知れない。運命をあっさりと受け入れ、死者と生者を容易に線引きできるほど、私たちは強くない。
私たちが怪談を語るのは、死者との思い出をつなぎ止め、同じ世界にいたことを絶えず確かめ合うための営みと言えるかもしれない。


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