【答え】無難な標準化は、誰の心にも「絶対にここに行きたい」という熱狂を生まないから。
つい、「多くの人が支持するもの=正しいもの」と思い込みがちです。けれど、趣味嗜好やビジネスの世界において、全員の「いいね」を集約すると、何が起きるでしょうか。
ロックが好きな人と、クラシックが好きな人と、ジャズが好きな人が、それぞれ「あなたの好きな音楽は?」という質問に答えたとします。その100万件の回答を、AIに「平均化」させてみる。出てくるのは――おそらく、誰の心にも特別響かない、無難な曲です。
もちろん、これは状況によります。「顧客は好きな色の車を選ぶことができる。ただし、それが黒である限り」――T型フォードの、大量生産・効率化のために多様な好みは切り捨てるという当時の判断は、1人でも多くの人に車を届けるという目的を踏まえれば、何ら否定されるものではありません。
ただ、AI(特に生成AI)の回路も、これとまったく同じ仕組みです。AIは、膨大な学習データの中から「確率的に最も無難な答え」を紡ぎ出す、多数決マシーンです。だからこそ、AIに「みんなが好きなものを作れ」と指示すると、息を吐くように「究極の凡庸」を出力します。
冒頭のホテルが、その典型です。100万人の「いいね」を集約した結果、極端な「尖った魅力」は削ぎ落とされ、誰も怒らないけれど、誰も感動しない、無味乾燥な中央値が出来上がります。ここで問題なのは、コンテキストがリゾート選びで、「好み」こそが大切だということ。観光地までわざわざ足を運ぶ理由は、「無難な何か」ではなく、「ここでしか体験できない何か」のはずですよね。
多数決は、本当に正義か?
ここで1度、AIから離れます。多数決は、私たちが物事を決める方法としてよく選ばれてきました。けれど、多数決は、いつでも正解を出してくれるのでしょうか?
学校の文化祭を思い出してください。出し物を全員で決めようとして、結局、当たり障りのない案に落ち着いた経験はないでしょうか。未来型のお化け屋敷もコンセプトが光るカフェも、誰かの「ちょっとそれは……」で削られていき、最後に残るのは、誰も反対しないけれど、誰も興奮しない無難案です。
会社のチームミーティングでも同じです。新企画のアイデアを15人で投票したら、誰の心にも刺さらない無難案が、「全員一致」で通る。会議室を出た人の感想は「決まったね」、続く言葉は「ところで、何が決まったんだっけ?」。


※ログイン後、コメント入力が可能です。