有料会員登録 東洋経済オンラインとは
ビジネス #新約ソニー

松下電器も東芝も「ハードが主でソフトは従」だったが、ソニーの井深大と盛田昭夫は違った

13分で読める 有料会員限定
映画フィルムとCDのイラスト
(イラスト 竹田嘉文)

INDEX

四半世紀にわたる“受難の時”を経て復活を果たしたソニー。だが、かつての「エレキのソニー」と今の「エンタメのソニー」とではまるで別の会社だ。神話に彩られたカリスマ創業世代なきあと、普通の「人々」はいかにエンタメのソニーを築き上げたのか。その転換点に迫る群像劇。
四半世紀にわたる“受難の時”を経て復活を果たしたソニー。だが、かつての「エレキのソニー」と今の「エンタメのソニー」とではまるで別の会社だ。神話に彩られたカリスマ創業世代なきあと、普通の「人々」はいかにエンタメのソニーを築き上げたのか。その転換点に迫る群像劇。

「古橋、優勝! 古橋、優勝!」

1949年8月18日、日本中の人々がラジオにかじり付いていた。NHKが放送していたのはロサンゼルスで開かれた全米水上選手権大会だ。敗戦で国際大会から締め出されていた日本の選手が初めて参加を認められたこの大会で、古橋廣之進は400m自由形などリレーを含む4種目で世界新記録を樹立し、「フジヤマのトビウオ」の異名を取った。

古橋らが参加できたのは、GHQ(連合国軍総司令部)が「日本選手のアメリカでの活躍を伝えることが日本人の対米感情を改善する」と考えたから。つまり、占領政策の一環だった。国際社会で孤立する日本人に希望を与えた古橋は、さしずめ「焼け跡の大谷翔平」であった。

生中継ができず「実感放送」

実はこの放送は「実況中継」ではなかった。大会主催者との放送権利の調整に失敗したため生中継はできず、現地で競技を見たアナウンサーが急いでスタジオに戻り、あたかも目の前で競技が行われているかのように語った「実感放送」だった。

アナウンサーたちがスタジオで「古橋、優勝!」と叫ぶ傍ら、その音声を黙々と録音している者たちがいた。録音課長の星吉兵衛らNHKの技術スタッフだ。彼らの目的は、当時日本で使っていた円盤型録音機に代わる新しい録音機を試すことだった。シカゴのベンチャー企業、マグネコード社が作った「PT-6」という名前のテープレコーダーだ。円盤型より録音時間が長く、何度も録音・消去できる優れものだ。全米水上選手権が終わると、星らは数台の「PT-6」を日本に持ち帰り、東京・内幸町にあったNHK東京放送会館でラジオ放送に使い始めた。

それを間近で見ていたのが、この頃、放送会館に足しげく通っていた東京通信工業(ソニーの前身)の創業者、井深大である。

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ビジネス

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数