筆者は資生堂に33年間勤務し、うち約20年を商品マーケティングの現場で過ごした。その経験から言えることがある。人は商品パッケージを見るとき、脳内で「顔」を見るときと似たような情報処理を行うことがあるとされている(※2)。
もちろんこれはあらゆる場面で常に働くわけではないが、パッケージが記号的な要素(配色・形状・イラスト等)を持つほど、こうした顔的な処理が起こりやすいと考えられている。
この「顔」として処理する働きは、商品を直接包むパッケージだけでなく、そこに付随する手提げ袋のような視覚的接点にも同様に及びうる。手提げ袋もまた、無言のうちに「このブランドが何者か」を語る、いわば顔に似た役割を担うことがあるのだ。
問題は、551蓬莱の手提げ袋が語っている「顔」が、2つに引き裂かれていることにある。
一方では「551蓬莱=豚まん=中華料理店の紙袋」という、長年かけて消費者の中に刷り込まれてきた温かい文脈。もう一方では「迷彩色・ゴツい自衛隊車両・ヘリコプター」という、軍事的な緊張や非常事態を連想させる文脈。この相反する2つのイメージが1枚の紙袋の中で衝突しているのだ。
手提げ袋の見た目が「軍事・緊張」の連想を呼び起こす
こうした連想は、意識して考えるより先に、自動的に立ち上がってくる。認知心理学ではこれを「自動性(オートマティシティ)」と呼ぶ。人は意図せずとも、目にした情報から関連する社会的な意味づけを瞬時に活性化させてしまうことがわかっている(※3)。
「防災啓発」という善意の文脈を頭で理解していても、手提げ袋の見た目が先に「軍事・緊張」の連想を呼び起こしてしまう。
こうした「見た目」の前提があったうえで、社会的、政治的背景が関係してくるのだ。今回の場合は、高市政権の数々の防衛政策が「戦争をしたがっている」という文脈で批判されている真っ最中にあった。これは前回の自衛隊コラボのときとは違う点だ。
これが「気味悪い」という感覚の入り口だろう。


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