事態は微妙な時期に起きていた。小6の11月、受験直前である。両親は悩んだ。
うちの子はどうやら反省していないらしい。本当なら、ここで心の問題に踏み込むべきかもしれない。だが、大事な時期だ。勉強の指導と心の指導、どちらを優先すべきか。
Aさんは、両親の選択をこう評する。
「頭おかしいと思うんですけど、うちの両親は勉強の指導を優先したんですよね」
両親が選んだ信じられない解決策
数日後、Aさんは両親から、3万円を渡された。そして言われた。
「ここから先、私たちは自衛する。財布とか、あなたの前に無防備に出さない」
「1個だけ約束してほしい。他人の財布からは絶対に盗むな。マジで逮捕されるから」
問答は、そこで終わりだった。叱責でも、対話でも、心のケアでもなく、3万円の現物支給と、防衛宣言と、法的リスクの一点指導。盗みをやめさせるのではなく、盗まれないようにし、かつ、逮捕される線だけは越えさせない。感情の問題を、リスク管理の問題に置き換えたのである。
正しかったのかどうかは、本人にも分からない。「頭おかしい」と笑いながらも、Aさんの口調には、評価を保留する響きがある。あのとき心の指導を優先していたら、自分はどうなっていたか。受験に失敗していたのか、盗みがエスカレートしていたのか。誰にも分からない。
なお、その3万円は、反抗心から中学入学までは使わなかった。そして、中学に上がったら、使ってしまった。
第2志望の名門私立中高一貫校に合格して以降、“盗み”はしなかった。環境が変わり、反抗の対象だった圧力の構造が緩んだからだろう、と本人は振り返る。
しかし、一度だけ、類似の事件を起こしている。高校3年生の受験期。父親のクレジットカードを使って、スマホゲームに3万円ほど課金したのだ。
欲しいキャラがいた。カードの利用明細が届く前にポストから回収し、ゴミ捨て場に捨てた。これでバレないはずだった。
が、バレた。明細がなくても、口座から引かれる金額が大きければ当たり前にバレる。そこはAさんが悪かった。しかし父親からは、こうだけ言われた。
「母さんには言わない。あと、もうカード変えたから使えないぞ」


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