場の空気に敏感で、周りをよく見る子どもだった福田さん。しかし、大人には心を開かなかった。「話しても仕方ない」「変なことを言われるだけ」という気持ちが強く、両親にすら「基本心を閉ざしっぱなし」だったという。
ひどい扱いをされた、というわけではない。しかし、一般的な「子ども」への対応が、福田さんの能力や気質に合わないものだったようだ。
1つのエピソードとして、小学5年生の頃「三角関数を教えてほしい」と父にお願いし、全く取り合ってもらえなかったことがある、という。
「子ども扱いされている、というか、聞いたことに答えてくれない、と感じていました。参考書を買ってもらうこともできなかったんです。1000円くらいなのに、と思いましたね」
考えたことが、上手く周りに伝わらない。しかし、理解してもらえないつらさを訴えることもできない。子ども時代の福田さんは、ただ静かに苦しんでいた。
死にたい気持ちを抱える思春期
群馬県で高校受験を迎え、地元の名門校・高崎高校に進学した。
得意科目は数学。試験勉強を一切せずに受けた東大模試でも、数学の偏差値が80を超えたという。数学の話を友人に説明しても伝わらず、最終的には数学教師たちが対話相手となった。
しかし、数学の道を極めることにも困難を感じていた。「早期教育を受けている人には追いつかない。闘えないという感覚がありました」
小学5年生の頃、「三角関数を教えてほしい」「参考書を買ってほしい」と伝えたときに、もし向き合ってもらえていれば⋯⋯そんなふうにも思えてしまうエピソードだ。
やりたいことも見つからず、「飛び出た杭」として本領を発揮することも叶わず、悶々と過ごす日々。そんな中で、将来への悲観が強まっていった。
「結構死にたかったんです」「生きてる意味ってあるのかなって」。当時の心境を、福田さんはさらりと語る。
「人間関係で悩んだほうではなかったですし、むしろいじめを解決したこともありました。先生から見ても、おとなしい生徒だったと思います。
でも、これ以上生きていても面白くないし、期待できることもない。加えて、組織というものに対する不安があって、『働いて、人に使われる人間になったとき問題が起こるだろう』とぼんやり思っていたんです。
大きな出来事があったわけではなくて、大人たちと接するなかで、ちょっとずつ失望していった感じですね」
不安や抑うつを経験するギフテッド当事者は少なくない。そして、ギフテッド特性にかかわらず、思春期は心身ともに大きく変化し、適切なサポートが必要な時期だ。


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