旧ひがき寮の"ひがき"は、この前身のホテル名に由来する。その敷地は本館・別館・新館・エネルギーセンターなどに分かれており、旧ひがき寮はそのうちの従業員寮にあたる建物だった。
蔦に覆われ、窓は割れ、朽ちるにまかされていた旧ひがき寮。この建物が発見されたのは、東京大学の学生たちが再生に向けた調査のため、敷地内を巡っていた途中のことだ。
使用する予定もなかったため、すぐに取り壊されてもおかしくない。しかし、その姿を目にした学生たちは「取り壊してしまえば、二度と同じ雰囲気は再現できないのではないか――この空間をどうにか生かしたい」と声を上げた。
当時はまだ、具体的な活用アイデアがあったわけではない。それでも、その声を尊重する形で旧ひがき寮は解体を免れ、そのままの姿で残されることになった。
二度と、同じものは作れない
「二度と同じ雰囲気には出会えない」その感覚は、単なる感傷ではなかった。調査を進めることで、旧ひがき寮は建物の状態や建築の方法が現行法に則していないことが分かったからだ。今この場所を新しく建て直したとしても、法律上、あの奥まですぼまる路地や独特のたたずまいは二度と再現できない。そもそも、整備すれば莫大な費用がかかる。
そこで考えたのが、建物自体はそのままに、マルシェの会場として活用するアイデアだった。耐久性の心配があり、同時に大人数が2階に上がったり、継続的に居住することは難しいが、軒先をお店のように使うことはできるのではないか。


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