この本では、AIの開発が必ずしも人類の幸せにつながらないということも述べていて、まさにそうではあるんです。
非常に強いジレンマの中に生きる現代人
人類史における巨大な革命には2つあったと言われていて、ひとつが産業革命で、もうひとつは農業革命(農業の発見)です。
農業革命で言うと、なぜそれが始まったのか。ひと昔前の教科書には、狩猟採集では採れる量が限られるし、保存もできないし、採集しすぎて動物もいなくなって食物がなくなり、仕方なく農業を始めたというように書いてあります。
しかし近年の人類学などの成果では、農業の発明は必然ではなかったようです。
実際、農業と狩猟採集が並行して存在している時期があって、その時期の人骨の化石などを分析をすると、狩猟採集で暮らしていた人たちのほうが圧倒的に体格がいい。農業をしていた人たちは体格が貧相だった。
つまり、農業をしている人たちのほうには栄養が行き渡っていなくて、狩猟採集を続けていた人たちのほうがいいものを食べていたということです。
では、それなのになぜ農業は広まったのでしょうか。
答えは蓄積です。狩猟採集では獲物をその場でみんなで分けます。肉は、あるいは野草や果物であっても、長持ちはしません。だから富の蓄積はできなかった。ところが当時始まった農業の産物は小麦や米です。これらの穀物は倉庫に集めて蓄積できる。
富を蓄積できるようになると何が起きるか。蓄積した富をたくさん集めてそれを分け与える人が権力を持つ、つまり権力者が登場するということです。するとそこに身分や貧富の差が生まれます。
そしてたくさんの農民たちを従えて武装させた軍団を作れるようになり、それが狩猟採集民などを追い払って自分たちの領土の拡張につながった。
こうして、農業をしている人たちのほうが、強い国家的なものを作ることが可能になったために、狩猟採集社会を駆逐することができた。
そうなると、農業革命はテクノロジーの進化という面はあったものの、(一部の人を除いては)誰も幸せになっていないとも言えます。
そこから類推すると、AIの登場と普及も、みんな仕事がなくなって大変な苦難の時代になっていく、そして人を幸せにしないという可能性は十分にあります。現段階ではまだわかりませんが。
かといってそのテクノロジーの進化が止まるわけではないという、非常に強いジレンマの中に私たちは生きているのではないでしょうか。


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