伊藤さんが医学部への道として選んだのは、一般入試ではなく編入試験でした。
「一からたくさんの科目を勉強し直すのはしんどいと思いました。編入試験は年間で5人くらいしか採らない学校が多く、パイは少ないですが、科目が絞られるし、そのほうが自分には合っていると思いました」
こう考えて、新大阪にある医学部編入に特化した予備校・河合塾KALSに入学。映像教材を中心に学びながら、2年目から国公立大学を受験し続けます。
「国立・公立の他に私学もいろいろあるけど、資金がないので、ぜひとも国立に受かりたいと思っていました。最初の1年目は、教材をこなすだけでどこも受験しなかったのですが、2年目から最大10校くらい、あちこちの大学を受験するようになりました」
61歳で金沢大学医学部に合格
国公立大学の医学部編入試験は全国で26校ほどが実施しており、大阪大・滋賀医大を中心に受け続けました。1次試験を通過すると各大学で2次面接があるため、受験料に交通費と宿泊費を含めると年間100万円近い費用がかかりました。
それでも9時に予備校に行き、1日7〜8時間程度の勉強をずっと続けたこともあり、成績は着実に伸びていきました。そしてついに受験を始めてから4年目、61歳で金沢大学医学部への2年次編入が決まりました。
57歳で、人生初めての浪人生活を経験した伊藤さん。浪人してよかったことをお聞きすると、「仲間との出会い」、頑張れた理由を聞くと、「医師になるという思いがあったから」「予備校の先生の言葉のおかげ」と答えてくれました。
「同じように医師を目指す仲間が何人もできました。看護師さん、薬剤師さん、理学療法士さん、消防士さん、鍼灸師さんなど、本当にさまざまな職業の方が、仕事を辞めて、あるいは仕事を続けながら勉強されていました。
予備校に通っての勉強はかなりくたびれましたが、先生がおっしゃっていた『翌年に受かる人もいれば10年先になる人もいるけれど、受け続ける限りは必ず受かります』という言葉は今でもとても印象に残っています。
周りを見ていても、早い遅いはあれど、勉強を続けた人は必ず受かっていました。それを信じられたから、毎年続けることができました。今でも、予備校で知り合った方々とは連絡を取り合っています。鹿児島・沖縄・青森・高知とバラバラの大学に進んでも、みんな同じ時期に志を持って勉強した同志です」


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