もともとは歯科技工士の田村さん。最初からエピテーゼを仕事にしようと考えていたわけではなかった。
「エピテーゼと出会ったのは2005年、より高度な技術を身につけるため、アメリカに渡ったときのことです。おそらく元兵士の方だと思うのですが、左目・耳・頬を失った若い男性が、エピテーゼによって外見が整い、喜ぶ姿を目の当たりにしたのです。帰国後は、歯科技工士として働きながらエピテーゼの製作を学びました。とはいえ、当時は仕事にしようとは考えていなかったんです。新しいことを学びたいという好奇心からでした」
ちょうどその頃、乳がんで乳房を失った友人とも再会した。温泉好きだった彼女が「大きく残った傷跡が気になって、人前で入浴できなくなってしまった」と悲しそうに話す。そこでエピテーゼを勧めてみたところ、驚きの反応が返ってきた。
「友人は、エピテーゼの存在そのものを知りませんでした。病院でも案内はなかったそうです。当事者自身がエピテーゼの存在を知らないことに衝撃を受けました。必要としている人に情報が届いていない現状に、強い違和感を持ったんです。彼女から『私だけではなく、同じように困っている人はほかにもいる。あなたが作れるなら、そういう人たちの力になってほしい』と言われたことが、心に残りました」
潜在ニーズの発見と、当事者を取り巻く厳しい目
その頃の田村さんは30代半ば。歯科技工士として働きながら、将来の人生設計について考えるようになっていた。そんな中で、エピテーゼを仕事にしてみるのもいいかもしれないと考えるようになった。
とはいえ、エピテーゼを求める人が存在するのか、仕事になるのかもわからない。異業種交流会などに顔を出し、先輩経営者たちに相談するも「需要があるとは思えない」と一蹴された。


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