これは本当にもったいないと思うのです。こういった事例は、社会が進むきかっけになったかもしれないのに、対立してぶつかり合う。議論することと傷つけ合うことは違う。
だからこそ、建設的な議論につながる反対意見や批判の言葉自体は、排除したい対象ではない。もちろん自分が今生きているなかで、考えに考え尽くして選択したことを否定されたり、批判をされることは正直に言えば腹が立ちますし、悲しくもなる。
「批判的なコメントなんて一切見なくていい、気にする時間が無駄」と声をかけてもらうこともあります。
確かにその通りだと思うし、気にしすぎても何もいいことはない。でも、こういった声の中に生きやすくなるヒントがあるんじゃないかなとも思っています。
世の中で大半の人が賛成する事柄があっても、必ず反対派がいる。「そういう意見の人もいるんだよな」と、頭の中に入れて客観性を持てるか。このことで、生き方の幅は広がると思うのです。
理解してもらう前に理解する
僕が大事だと思っているもう1つのこと、それは理解してもらう前に理解すること。
社会の大半の人は健常者。社会の大半の人は、バリアフリーといった福祉サービスを使わない。そんな人たちがどう生きているのか。こちらを見たとき、聞いたとき、どう感じるのか。こういうことを考える努力も必要かなと思います。
障害を持っているのは本人のせいではないのに、そこまでする必要はあるのか。そういう声もあると思います。
今、社会にあるものの中で生きるなら、必要ないかもしれない。けれど現状からさらに生きやすくしたいのなら、それは必要なことなのかなと思います。


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