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ライフ #タワマンだけじゃない街

"おばけトンネル"を抜けるとそこはタワマンだった...高さ1.7mが隔てる「本は買えるが、大根は買えない」高級未来都市の暮らし

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高輪ゲートウェイシティ
高輪ゲートウェイシティの超高層ビル群(写真:筆者撮影)
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JR東日本広域都市創造ユニットのユニット長、河合秀智さんは、こう説明する。

「街にはまだ残されたパーツ、未完成の機能があります。一つは駅の東西を結ぶデッキで、まだ完成していません。いわゆる『おばけトンネル』も、まだ車が通れる状態になっていません」

JR東日本広域都市創造ユニットのユニット長・河合秀智さん(写真:JR東日本)

高輪ゲートウェイシティは華々しく開業しながら、周辺との関係ではなお「未完成の機能」も残っているというわけだ。

高輪ゲートウェイシティはなぜ生まれた?

高輪ゲートウェイ駅と、新幹線も発着する主要ターミナル・品川駅との駅間距離は約1kmにすぎない。そもそもなぜ、品川という巨大駅の間近に、これほど大規模な街をつくる余地が残っていたのか。

理由は、この土地がかつて「品川車両基地」として使われていたことにある。広大な敷地には、夜行寝台車(ブルートレイン)などの寝台特急や東海道線の通勤列車を留置する線路が並び、東京を発着する長距離列車や通勤列車の折り返しを支える、鉄道運行上の重要拠点となっていた。

1980年代の高輪ゲートウェイ駅周辺(写真:国土地理院 電子国土Webより)
2019年頃の高輪ゲートウェイ駅周辺。駅舎西側の線路が整理されている(写真:国土地理院 電子国土Webより)

「時代とともに、ブルートレインなどの需要が減り、そうした車両を止めるスペースが不要になりました。また、以前は東京駅始発の通勤列車が多く、東京駅で折り返す車両を夜間に品川車両基地に留置する必要がありましたが、今は北から南へ列車を直通運転できるようになって、その必要もなくなりました。このような事情が重なり、車両基地の転用が可能となったのです」(河合さん)

さらに、この用地の大半がJR東日本の自前の土地であったことも大きい。一般的な再開発では、多数の地権者との合意形成に長い時間がかかるのだが、河合さんは次のように説明する。

「ここは基本的に当社の土地でした。さまざまな方の支援は受けていますが、私たちが主導権を持って進めることができました。そのため、ほかにはない、ゆとりのあるオープンスペースなどを造ることもできた。商業施設だけでなく、オフィスや文化施設、クリニック、スポーツジム、ホテル、マンションなど、さまざまな施設をバランスよく配置できたと思っています」(河合さん)

高輪ゲートウェイシティは、鉄道の役割の変化によって生まれた品川車両基地跡地を、鉄道会社自身が新しい街へと転換した大規模再開発ということだ。

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