しかしながら、それらの理由も「建前だ」と思ってしまう人がいる。そういった人々にとって、「ウソだ」と喝破してくれる存在は魅力的だ。そこに来ての変化が、情報の受け取り方だ。今までは、マスコミが報じたものを一方的に受け取ることが一般的だった。だがSNSの登場により、各個人が発信できるようになった。
同じような考え方を持つ人々が、連帯を強めていく。そして、「自らの考え方が、社会に受け入れられていない」というもどかしさが、つながりをより強固にするのだ。
そもそも歴史認識をめぐっては、イデオロギーによって、意見が対立することが少なくない。もっとも知名度の高い論争は、日中戦争下における中華民国(当時)の首都・南京での日本軍の振る舞いについてだろう。
外務省の公式サイトには「日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています」と記されている。
しかし、こうした政府見解があるにもかかわらず、その人数の多寡については、保守・リベラル双方が、長年、「どちらの主張が正しいか」といった議論を繰り返している。この論戦はSNSの普及前から続いているが、歴史問題において、「持論を補強するために、より主張が先鋭化する」ことは珍しくない例と言えるだろう。
「デマ認定」が逆効果になるという難問
だからこそ、公的機関やメディアが科学的知見と一次資料を示すことには意味がある。
今回、NHKが報じた内容も、歴史的経緯を振り返りつつ、被爆の当事者や研究家に対する取材を通して、81年前に何が起きたかの全体像を伝える内容だった。このように、公共放送がしっかりと真正面からデマだと断じ、正しい歴史認識を書き残すことは非常に有益なことだと感じる。
一方で、筆者個人は「デマ認定による弊害」も考える必要があると思う。明確な誤情報を取り上げ、正面から否定するべきか。それとも、注目を集めないよう黙殺するべきか。これは単純な二択ではない。偽ニュースや陰謀論を含む誤情報であっても、「大手メディアから反論された」ことを理由として、むしろ真実らしく受け止められる可能性がある。「政府による火消しだ」と反発し、かえって結束を強めていく人々もいるかもしれない。


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