1870年、大阪市道修町で薬種商から始まったコニシは、やがて洋酒販売に乗り出す。1925年以降はエチルアルコールなどを販売する化学専門商社として成長していった。
「飲料のアルコールでは芽が出ませんでしたが、工業アルコールではそれなりに名を馳せ、化成品商社という位置づけを確立していきました。しかし太平洋戦争が始まり、化成品関連の商材が政府の統治下に置かれ始めたんです」
経営企画室の小林達也氏によると、当時コニシは売り手と買い手を仲介する商社としての存在意義そのものを問われる苦境に陥ったという。
日中戦争が泥沼化していた38年、国家総動員法が制定される。「アルコールの小西」で名をはせた小西儀助商店だが、主力としていた工業アルコール類は政府が管理する専売制となったことで販売できる商品が限られ、開店閉業状態に陥った。
それまで自社の裁量で仕入れ、価格をつけ、売り先を選んでいた商社にとって、これは商売の根幹を失うに等しい事態だった。
事業発展のために…家庭用合成接着剤を開発
事業発展のためには、自ら商品を作らなければならない。そこで戦後、研究者を迎えて開発したのが、合成接着剤のボンドだった。
「当時の接着剤は、天然素材のにかわや、炊いたコメをすり潰したでんぷん系ののりなどがほとんどで、工業用製品としての合成接着剤はボンドが初めてでした」(小林氏)
52年、最初に開発したのは木工用ではなく、製本用の接着剤「ボンドBシリーズ」だった。まずは顧客開拓のため、この接着剤を小さなチューブに入れ、サンプル品としてさまざまな企業へ配った。
すると、配布先の1つだった新聞社から、ある日コニシに意外な声が届いた。


※ログイン後、コメント入力が可能です。