今回は、指定校推薦で東京理科大学経営学部に進学。学生起業に没頭して中退し、慶應義塾大学通信教育課程文学部に再入学。その後、日本女子大学への編入も経験しながら最終学歴「高卒」のまま社会に出た内山恵梨香さんにお話をうかがいました。
「自分の人生の半分を否定しなければいけない瞬間があった」と言いながら、今はキャリアアドバイザーとして活躍する彼女に、学歴のレールを外れながら自分のルートを切り開いてきた歩みを聞きました。
「理科大→慶應通信→日本女子大」すべて中退して“高卒”に
内山さんは茨城県つくば市出身ですが、幼稚園・小学校は転勤に伴い長野県で過ごしました。父は大手企業勤め、母は専業主婦で、両親ともに四大卒。
「勉強しなさいと口うるさく言われることはなく、色んな体験をすることのほうが優先度が高い家庭だった」と振り返ります。幼少期は海外での1dayスクール体験、ホームステイの受け入れ、キッザニアへの通い詰めなど、体験重視の教育方針の中で育ちました。
特に本を読むことは母から強く褒められ、小学校では全校生徒の中で最も多く本を借りていたほどでした。そのおかげか、漢検2級レベルを小学生の頃に取得するなど、国語の土台は早くから作られていました。
小学6年生の秋につくば市に戻ることになり、自分の意思で中学受験に挑戦。中高一貫校である常総学院中学校・高等学校に入学しましたが、入学時の数学の成績は130人中ビリでした。
「選抜クラスにも入れていなかった」という出発点から、高1になる頃に猛勉強を開始。全教科で500人中20〜30位まで順位を上げ、高2には選抜クラスに入れるようになりました。父親が薬学部を卒業していたこともあり、医学部・歯学部・薬学部を狙う理系クラスにいたものの、人やお金の動きのあるビジネスの世界を知りたいと考えて、商学部・経営学部を目指すことにしました。
「学校の勉強は暗記でなんとかしていましたが、代ゼミや駿台の模試を受けていると、理系科目は暗記では太刀打ちできませんでした。国語と英語は突出していたので、どう考えても(自分の適性は)文系だと思いながら、授業を受けていましたね。NewsPicksなどでビジネスパーソンのリアルな言葉に触れるうちに、『この人たちと同じ目線で世の中を見たい』という思いが膨らんでいきました。自分も起業をしたいと思っていました」


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