内山さんは学校でも好成績を残し、評定平均は4.9に到達。指定校推薦をほぼ選び放題という状況になりました。
しかし内山さん自身は指定校を使うことに乗り気ではありませんでした。
「先生から3通の手紙をもらって、『(指定校推薦で)東京理科大にしたほうがいい』と熱心に勧められました。周囲も『いいじゃん理科大に行けるんだから!』って感じでしたね。プライドが許さなかったので、横浜国立大学を受けさせてほしいと言ったら、『受かったらそっちに行くタイプだから受けちゃダメ』と止められてしまいました」
学生起業→授業についていけず大学中退
こうして、指定校推薦で東京理科大に入学した内山さんは、かねてよりの希望であった学生起業をします。高3の時にビジネスコンテストで優勝し、筑波大の学生とチームを組んでいた経験から、動画メディアのアプリ開発という学生スタートアップに没頭しました。
しかし、東京理科大は理系のプロフェッショナルが集まる環境であったため、文系寄りだった内山さんは講義の理解度で大きな差を感じ続けます。
「同じ概念を学んでも、周囲の理解度が全然違いました。私が知らない記号を考えているうちにみんなは理解していくし、周囲は演習問題を解いてすぐ帰る中で、私だけ残っている感じでした。また、起業をしていたこともありそちらにリソースも持って行かれていて、3年時点で2留が見込まれる状態でした。茨城から出てきてネットワークもない中で精神的にやられてしまい、ここから気合いで遅れを巻き戻せるイメージが湧きませんでした」
こうして3年の時点で東京理科大を中退。学生起業も解散し、住んでいたシェアハウスも離れました。これが内山さんが語る、人生最大の挫折でした。
「自分の意思で中学受験して、中・高で勉強を頑張ってきて、苦手な理数系も克服して人生の集大成くらいの気持ちで理科大に入ったのに、20歳前後でうまくいかないと薄々気づきました。しがみつこうとしたけど難しくて、自分の人生の半分を自分で否定しなければいけない瞬間でした」


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