本人は当時を振り返って、「常に浮いている感覚があった」と話す。しかし、その頃はなぜ浮いてしまうのか、自分でも理由が分からなかった。今になって思えば、問題は性格もあるだろうが、一番は会話だったと理解している。
話が合わない。興味が合わない。知的な刺激を感じられない。この「話が合う人がいない」という感覚は、その後も彼女にずっとまとわりつく。
彼女にとって「孤独」は、物理的に独りであることではなかった。むしろ周囲にはたくさん人がいるのに、それでもずっとさびしい。同じ解像度と興味で世界や人間をみて、自分と同等かそれ以上の思考強度と言語化能力で議論ができる相手とは滅多に出会うことができない。彼女が抱え続けている痛みの源泉は「話が合う人」の少なさだったのである。
上昇志向が強かった
そんな勝倉さんの両親は「勉強しなさい」と言ったことが、ほとんどなかったという。母親からは「女の子だから青山短大くらいに行けばいいんじゃない」と言われる程度。中学受験も、周囲に私立へ進学する子どもが少なかったことから、「しなくていいか」となった。進学へのプレッシャーもほとんどなかった。
それでも勝倉さんは、自然と“上”を目指していく。進学した都立両国高校は、定期試験の順位が校内に張り出される学校だった。誰かに言われたからではない。目の前に「上の世界」や「拡張性」が見えると、そこへ行ってみたくなる。放課後は図書館や職員室に入り浸って、ひたすら勉強をした。
一方で、勉強だけではなく飲食店でアルバイトをしてそれなりの時間働いてもいた。稼いだお金の多くは本に変わった。夏目漱石をはじめとする文豪を読み、高校で古文を学び始めると、『宇治拾遺物語』『源氏物語』『吾妻鏡』などを原文で読むようになる。


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