目の前に広がるのは、大きな池だ。そのまわりには、ピンのような細い柱が並び、上に大きな構造物が載っている。
池には橋がかかり、建物の間には螺旋階段や斜めに延びるスロープが絡み合うように設けられている。バス通りから足を踏み入れると、そこには小さな谷があり、池と建物がつくるフシギな風景が広がっていた。
ここは、横浜市緑区の「竹山団地」の「センター地区」と呼ばれる場所だ。バスで見た住棟が並ぶ一帯は竹山団地で、池のあるセンター地区はその中心部に設けられている。
池沿いには、八百屋や和菓子店、スーパーにカフェ、トレーニング施設などが並んでいる。まさに看板で見た竹山中央商店街である。その上には駐車場があり、さらにモダンな雰囲気の集合住宅が載っている。
竹山団地は、1960年代に神奈川県住宅供給公社(以下、公社)が事業主体となり、丘陵地に開発した大規模団地だ。
団地ができた当時を知る人の証言
入居が始まったのは1971年。東京ドーム約9.5個分にあたる45ヘクタールの敷地は、中層の板状住棟やボックス棟、高層棟、池を囲むモダンな集合住宅など、多様な建物が構成された。計画人口は約9000人、建設戸数は約2500戸で、その約9割を分譲住宅が占めていた。
「団地ができたばかりで、まだキラキラしていたようなときが子ども時代でした。本当に楽しかったです」
そう語るのは、1970〜80年代に竹山団地で子ども時代を過ごした松井陽子さんだ。竹山団地に魅了され、公社に就職。現在、運営管理課で副課長を務めている。入社時の上司は、若手時代に竹山団地の開発に関わっていた人で、団地にまつわるさまざまな話を聞いたという。
そんな松井さんに、センター地区の成り立ちと、竹山団地で過ごした思い出を取材した。


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