昨今、「おひとりさま」という言葉が広く認知され、ソロへの“風当たり”は和らいでいるようにも見える。
だが、かつてフリーターという生き方がもてはやされる一方で、結果的に非正規雇用の拡大につながったと指摘されたように、肯定的な言葉が必ずしも当事者の生きやすさを保障するわけではない。多様性を尊重しているように見えても、ソロが抱える不安や不利益はなお残る。
山田さんは、ソロをめぐる社会の受け止めも揺れているとみる。
「マスコミが『おひとりさま』と喧伝したり、一方で孤独死をあおったり、それで中高年婚活が流行したりする。今後、中高年の親世代が亡くなると中高年シングルが大量に出てくるでしょう。
しかし、世界と比べれば、日本はスーパーの個包装や一人席のある飲食店など、単身者社会と言っていいほどソロに優しい。家族がいて当然という社会的認識も徐々に変わっていくはずです」
「結婚できたら幸せ」からの発想の転換を
ただ、社会の認識が変わりつつあっても、個人の願いはそう単純ではない。
アンケートで、「現在、配偶者あるいは生活を共にするパートナーはいますか」との質問に「いない」と答えたのは132人。そのうち、「人生において配偶者、あるいは生活を共にするパートナーがほしい、あるいは必要だと考えますか」との質問には、半数以上の72人が「思う」と回答した。
もしパートナーを持つことを望むなら、ソロである今をどう捉えるかが大切になる。独身研究家の荒川和久さんはこう助言する。
「『皆婚』と呼ばれたかつての時代は、独身者に対して周囲が相手を紹介するなどのお膳立てをする文化がありました。それが今や、コンプラだハラスメントだと、お膳立てしたくてもできない社会になった。パートナーの有無は自己責任化し、候補者は奪い合いになる。
恋愛弱者と呼ばれるような、結婚できない、パートナーができない人は、この先ますます増えていくでしょう。むしろ大事なのは、ソロである状態をいかに楽しみ、幸せに感じられるか。結婚を望むのなら、結婚できたら幸せ、パートナーがいれば幸せ、ではなく、ソロでいても幸せな人が結婚する。そうした発想の転換が大事です」
パートナーがいることを前提にせず、一人で抱え込むことも当然としない。互いに尊重し合える社会を望みたい。
(編集部・秦正理)

