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戦後81年、空前の日台友好の時代に風化する「あの戦争」の記憶―台湾老兵が託した「忘れないでほしい」という願い

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横浜市・真照寺に建立された台湾出身戦没者慰霊碑の前に立つ呉正男さん(写真:筆者撮影)
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呉さんは25年8月15日、台湾からの多くの取材依頼に対し「私しかいなくなってしまったからモテるんだ。講演会だとか取材だとか。でも皆の期待はシベリア抑留や日本軍隊は厳しかったか、戦争は大変だったとか、あるいはソ連は苦しかったとか期待しすぎるわけだ。ところが僕は何も無いわけだ」と述べた。

「何もない」と語り、笑う呉さん。しかし、実際には何もなかったのではない。戦争だけではなく、戦後の国家の変化、国籍の変化、言語や価値観の変化。その激動の時代を生き抜いた1人の人生そのものが、歴史の証言だった。

呉さんが残したかったのは、苦難の物語ではなく、その歴史を「忘れないでほしい」という静かな願いなのだろう。

戦後81年。戦争の記憶が風化すると言われる今、忘れてはならないのは戦場だけではない。戦後という時代を生き抜いた人々の人生そのものなのである。

空前の日台友好の時代だからこそ

26年8月15日に日本で初公開される台湾ドラマ『波の音色』(U-NEXT)で日本軍人の田中司令官役を演じた俳優の塚原大助さんは「出演で、日本軍の兵士や軍属となった台湾人の葛藤と誇りを知りました。戦後81年、戦争が続く世界で、強い国とは何か、何のための戦争だったのかを改めて考える作品です」と語った。

戦争を経験した世代が少なくなる中で、後世に伝えるべきものは何か。それは単に過去の悲惨さだけではない。歴史の中で生きた1人ひとりの人生と、その人々が未来へ託した思いである。

台湾南部・高雄市の「戦争と平和記念公園」内にある許昭栄さんの記念碑。この公園の設立に尽力していた中、当時の高雄市議会の方針変更に抗議し焼身自殺を遂げた(写真:筆者撮影)

呉さんも、日本の若い世代へ平和への願いとともに、国を守る責任について語っていた。

「自分の日本を守るというのは、日本人も守る気概がなければダメだよ。備えあれば憂いなしで、火事がなければ消防車はいらない、新しい消防車は買わなくていいというのではなく、戦争はなくとも攻めて来ないように牽制する軍事力がなければいけないと私は思いますね」

その言葉は、戦争を望むものではない。むしろ戦争を経験したからこそ、平和を維持するための現実を見るべきだという、長い人生から導き出された考えだった。

前出の許昭栄さんは生前、私にこう語っていた。

「生まれ変わったら、また台湾人に生まれたい」

それは苦難の歴史を経験した人だからこそ口に出せる、台湾への深い愛情の言葉だった。

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