天正10(1582)年、「本能寺の変」後の「中国大返し」においては、毛利氏との和睦交渉をまとめ、京までの道中に必要な補給の手配を行ったともされている。さらに、備中高松城の堤防を決壊させて毛利軍の追撃を阻止するなど、秀吉軍による明智光秀の討伐に大きく貢献した。
官兵衛と秀長に注目したい「九州征伐」
官兵衛は秀長とも関係性を深めていく。転機となったのが、天正13(1585)年前後の紀州征伐である。雑賀衆・根来寺勢力の平定にあたり、秀長が総大将として軍を率いる一方、官兵衛は敵方との交渉や戦略の立案という、いわば裏方の役割を担った。そんな連携は九州征伐においても、発揮されることになる。
やがて、優秀な官兵衛に秀吉は危機感を抱いたとも伝わるが、そのあたりの感情の機微まで『豊臣兄弟!』では描かれるかどうか。
大河の後半戦でますます活躍するであろう、藤堂高虎、前田利家、黒田官兵衛について書いた。それに加えて、これから秀長の家臣団が本格的に形成されていくのも、見どころの一つだ。藤堂高虎のほかにも、秀長を支える家臣はみな個性的である。本連載でも紹介していくので、ぜひチェックしてみてほしい。
【参考文献】
太田牛一著、中川太古訳『現代語訳 信長公記』(新人物文庫)
谷口克広『織田信長家臣人名辞典』 (吉川弘文館)
杉山博編『多聞院日記索引』(角川書店)
上野市古文献刊行会編『高山公実録 藤堂高虎伝』(清文堂出版)
河内将芳著『図説 豊臣秀長 秀吉政権を支えた天下の柱石』(戎光祥出版)
河合敦著『豊臣一族 秀吉・秀長の天下統一を支えた人々』(朝日新書)
真山知幸著『戦国最高のNo.2 豊臣秀長の人生と絆』(日本能率協会マネジメントセンター)



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