ここは筆者の見立てになるが、資金力は必要条件であって十分条件ではない。同じ予算があっても、掘った土をどうするかという設計初期の判断まで環境の観点で決める企業は多くないだろう。差が出るのは金額ではなく、意思決定の順番のほうだ。
環境への配慮は「後から足すもの」ではない
Apple Parkを歩いて得た最大の発見は、個別の設備の凄さではなかった。環境への配慮が、後から付け足されたものではなく、建物が生まれる最初の瞬間から設計に組み込まれている。この一点である。
多くの企業にとって、環境対応は「後から足すもの」だ。既存の建物に太陽光パネルを載せる。社用車を電気自動車に替える。排出量を計算して、足りない分をクレジットで埋める。もちろんそれ自体に意味はあるが、あくまで完成したものへの上乗せである。
Apple Parkは違う。土をどう処理するか、駐車場をどこに置くか、風をどう通すか。そのすべてを、設計図を引く段階で環境負荷とセットで決めている。だから掘った土が丘になり、丘に木が育ち、駐車場が消えて緑が戻り、風が建物を冷やす。一つひとつの判断が連鎖して、結果的に建物全体が一個の環境装置になっている。
この構図は、日本企業にとっても示唆的だ。オフィスや工場の脱炭素というと、設備更新や再生可能エネルギーの調達契約が中心になりがちである。だが本当に効くのは、新しい拠点を建てる、あるいは大規模に改修するという、数十年に一度の意思決定の場面かもしれない。そのタイミングで環境の観点を設計に組み込めるかどうかで、その後数十年の排出量が決まる。
この建物が示しているのは、環境への配慮は「コスト」なのか「設計思想」なのかという問いへの、一つの回答だろう。後から足せば、それはコストにしかならない。だが最初から組み込めば、それは建物の骨格そのものになる。
画面越しに見ていたあの円盤型のビル。その裏側には、想像よりずっと徹底した思想が隠れていた。


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