一方で、ロシアの外でも大きな戦略的な変化が起きている。最大のものは、アメリカのトランプ大統領が、従来のロシア寄りの仲介姿勢からウクライナ寄りへ大きく舵を切ったことだ。
これを象徴することが7月に水面下で起きていた。ホワイトハウスは、密かにウクライナに対し、ロシアの弾道ミサイルを迎撃するためアメリカ製防空システム「パトリオット」用のミサイルの緊急供与を行っていたのだ。
実は、この供与は本稿執筆時点では公表されていない。しかし、筆者の取材によると、実際の経緯はこうだ。7月8日、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議の開催地トルコの首都アンカラで会談したトランプに対し、ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアの弾道ミサイルの迎撃能力を有するパトリオットの現物供与と併せ、ウクライナでのライセンス生産を容認するよう求めた。
これに対し、トランプはライセンス生産を容認し、ウクライナと生産開始に向けた実務的協議を開始すると発表した。現物供与については、トランプはアメリカ軍の保有数がイラン戦争の影響で減少しているとして、断ったとされていた。
パトリオットミサイルの現物供与を密かに行っていたアメリカ
しかし、実際には、ホワイトハウスはアンカラ会談後に同ミサイルを現物供与した。その供与数は不明だ。
もともとウクライナは、アメリカ以外にもドイツなどからパトリオットの提供を受けていたが、6月以降、同ミサイルの在庫が底を突いていた。このため、ウクライナ軍はロシアの弾道ミサイルを迎撃できず、苦しんでいた。パトリオットは、ロシアによるミサイル攻撃の激化への対応が緊急課題であるゼレンスキーにとって、絶対的に必要な防空兵器だった。
なぜアメリカは、パトリオットの現物供与を秘密裏に行ったのか。それは同盟各国でパトリオットの在庫が不足しており、これらの国々から不満が出ることを避けたためとみられる。いずれにしてもパトリオットの供与は、ウクライナの防空面で大きな即時的効果につながるとみられる。
またウクライナにとって、27年に開始されるとみられるパトリオットのライセンス生産開始に関する合意は、軍事上のみならず、外交的にも大きな意義も持つ。
ライセンス生産はアメリカのウクライナへの安保提供を意味する
ライセンス生産はアメリカの国防大手レイセオン社との合同となる予定で、ウクライナ国内で初めてウクライナとアメリカの国防企業が重要兵器の合同生産に踏み切ることになる。この合同生産の実現は、アメリカがウクライナに対して安全保障面での保証を事実上与えることを意味する。
こうしたアメリカの動きを見ると、今春以降ウクライナ軍が戦場で次第に優位に立っていることを受け、トランプがウクライナの側に立って停戦に向けた仲介を始めることになりそうだ。停戦に応じないプーチン側に立った仲介を続けてもロシアが勝利を収める可能性は低いと、現実的に判断したのだろう。
トランプに事実上見放されたプーチンをめぐっては、このところ面目丸つぶれの事態が続いている。プーチンは7月末、旧ソ連中央アジアの有力国であるカザフスタンのトカエフ大統領との首脳会談の際、報道陣の前で、トカエフから「停戦に応じ、ウクライナとの交渉を始めるべき」との直言を受けたのだ。
ロシアが主導する集団安全保障条約機構(CSTO)の加盟国であるカザフスタンの首脳から、このような直言を公然と受けたことは、プーチンにとって屈辱だった。トカエフだけではない。アゼルバイジャンのアリエフ大統領も7月、「侵攻はすぐにやめるべきであり、占領は認められない」と強い批判を行った。

