でも医者であるぼくにはもう一つ痛みの表現がある。それは科学的な痛み表現だ。あの痛みというのは「患者が、いや、人間が耐えうる限界の痛みだった。鎮静剤を使わないなんて、医療として間違っている!」――そういう痛みである。
「あんなに痛いなら死んだ方がマシ」と経過観察を断り、再発
痛みは人間の心を蝕む。根性の柱みたいなものがボキッと折れてしまう。膀胱がんにかかったことがぼくのクリニックの第1の危機だったとすれば、膀胱鏡のあまりの痛さに、術後の経過観察をやめてしまったことが、第2の危機を招いた。
膀胱がんの特徴は再発しやすいことである(正確には、時間を変えて、膀胱のいろいろな場所から発がんする)。膀胱鏡によるフォローアップは必須だという。膀胱がんは再発すればするほど、がんの進展度が深まり、膀胱全摘出になる危険もある。そんなことを言われたら怖いじゃないか。
それなのに、ぼくは術後の膀胱鏡を断ってしまった。要は、あんな痛い思いをするなら死んだ方がマシだと思ったのである。そんなこと、患者に思わせちゃ、ダメでしょ?
主治医から「なんかあったら、またおいで」と言われたけれど、「なんか」って何?
検査を受けなくて本当にいいのかと大いに不安を抱えながら、日々を過ごしていた。診療も淡々とこなした。そうしたら、その「なんか」が起きた。血尿が出たのである。これは考えてみれば非常にラッキーだった。
膀胱がんだからといって、全員に血尿があるわけではない。再発したがんの上にたまたま毛細血管が乗っかっていたから血尿が出たのである。もし、血尿が出てくれなかったら、ぼくの運命もクリニックの運命も変わっていたかもしれない。

