膀胱鏡という検査がある。ステンレスの一直線の棒を尿道に入れて膀胱内を観察するのだ。ぼくは小児外科医として、1〜2歳の患者に(もちろん全身麻酔で)膀胱鏡をやっていたので、その具体的な光景が検査をやる前からわかっていた。
われわれ男どもの尿道は「L」字型をしている。そこに一直線の棒を入れるのである。
これは無茶な話であり、痛くないはずがない。そして実際痛かった。あまりにも痛かったので、「こんな不条理なことがあるのか!」とぼくは心の中で叫んでいた。そしてこうも思った。「こんな痛い思いをするなら、モトを取ってやろう。本を書いてやる!」。
で、この本の企画を某出版社に持ち込んだ。どれだけ検査が痛かったかを力説したら、引かれてしまった。
「松永さん、そんな痛い話を読者が読みたいと思いますか? あー、怖い。出版はできません」
しょんぼりである。そうか、一般の出版社はこういう本は望んでいないのか。でも、何とかしてこの本を世に出したい。だったら、医学専門出版社だったら? 名編集者の白石正明さんにメールで連絡をとり(面識はなかった)、こうして医学書院から本が出ることになった。
闘病記に書くのを自重した「膀胱鏡の痛み」
でも、医学書院から本を出すと決まっても、膀胱鏡の痛みについては書かなかった。書いてはいけないのかと思った。でも今はちょっと後悔している。闘病記とは病気をリアルに書くことが大事というのがぼくの持論のはず。であれば、痛みについて書くことから逃げてはいけない。
書くなら3種類の表現方法があったと思う。まずは、過去の経験に照らして書く方法。「自分史上、最高の痛み」とか。次は、比喩である。「火箸を押し付けられたような」とか。最後は、オノマトペである。「バキバキと入ってきた」とかである。ここまでなら誰でも思いつくであろう。

