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ビジネス #緊急特集 令和8年熊本地震

地域のシンボルでもあった…熊本地震の震度6強で被災した日本製紙八代工場と日本製紙が直面する今後の課題

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日本製紙八代工場の地震で折れた煙突
地震で折れた日本製紙八代工場の煙突(写真:共同通信)

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2026年7月28日の地震で震度6強を観測した熊本県八代市にある製紙大手、日本製紙の八代工場では、煙突が折れて崩落するなど大きな被害が出ている。熊本県や県警によると八代工場の1階部分と2階部分で、従業員ら11人が閉じ込められた。4人が救助されたがうち2人が心肺停止状態で発見され、ほか2人も重傷という。残り7名の安否は不明だ。

日本製紙は工場などの被害状況については情報収集段階とし、具体的な情報を発信できる段階にはないとしている。

煙突はシンボルでもあった

日本製紙は国内業界2位の製紙大手で、「クリネックス」「スコッティ」といった家庭紙ブランドを出していることでも知られている。八代工場は、日本製紙にとって九州で唯一の工場で、出版・新聞・コピー用紙向けなどのグラフィック用紙の主力製造拠点の1つだ。

水と森林資源に恵まれている八代市は、江戸時代からの和紙の名産地で、紙と縁が深い土地柄だ。製紙工場が操業を開始したのも1898年。製紙業界の再編を経て、工場の名称は時代によって変化しているものの八代工場は長い歴史とともに地元と深い関係を築いてきた。工場はJR八代駅の目の前にあり、その煙突は八代市のシンボルとしても親しまれてきた。

煙突は八代市のシンボルとしても親しまれてきた(写真:KOROKICHIKUN / PIXTA)

日本製紙にとって工場が被災して大きな被害を出したのは初めてではない。2011年の東日本大震災でも宮城県にある主力工場・石巻工場が津波により、工場1階が浸水するなど甚大な被害を受けた。

当時は構内にいた1000人以上の従業員が避難するなど奇跡的に死者が出ず、その後半年で操業を再開して、さらに1年後にはもともとの生産能力を取り戻して、絶望的な状況から見事な復興を成し遂げた。

デジタル化に伴う急速な紙離れ、新聞や雑誌、書籍の深刻な販売不振などで、グラフィック用紙の市場は縮小しているものの、石巻工場は現在も日本製紙の中核拠点としてグラフィック用紙だけでなく家庭紙を生産するなど事業転換も進めながら操業している。

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