その翌日、訪問看護師と一緒に小池さんの家に行くと、佳子さんが来ていました。私が小池さんと佳子さんに在宅医療を説明する中で、「家ならテレビもお風呂もタバコも自由。お酒だって飲めるんだから」と話すと、小池さんの目がパッと輝きました。それを見た訪問看護師はスーッと部屋を出て、缶ビールを手に戻ってきました。
「末期がんなのに、お酒を飲んでいいなんて……」
佳子さんは驚きを隠せない様子です。訪問看護師は全員に缶ビールを配り、みんなで乾杯しました。在宅医療が始まってしばらくした頃に、小池さんと訪問看護師は次のようなおしゃべりをしたそうです。
「テレビを見ながら冷えたビールを飲むのが、至福の時間だよ」
「わぁ、いいですね。でも、ビールを飲むとトイレが近くなりませんか?」
「そうなんだよねえ。トイレに行く回数が増えるから疲れるんだ。でも、こうやって点滴をしてもらうと楽になるから助かるよ」
小池さんは、本当にビールが大好きだったようです。たとえ体に負担がかかっても、それをはるかに上回る喜びがあったに違いありません。
死を意識したとき、何を願うかは、人それぞれ
小池さんを看取ったのは、担当の訪問看護師でした。「お茶が飲みたい」と言う小池さんに、訪問看護師がスポンジにお茶を含ませて飲ませてあげると、小池さんは「ありがとう」とほほえんで、ゆっくりと呼吸が浅くなっていったのだそうです。きっと穏やかな最期だったのでしょう。
小池さんは、最期まで家にいること、佳子さんには迷惑をかけないこと、容体が急変しても佳子さんは駆けつけなくてもいいことなどを希望していました。
死を意識したとき、何を思い、何を願うかは、人それぞれです。最期を家族に看取ってほしいと思う人もいれば、一人で迎えたいと思う人もいるのです。
小池さんが亡くなった後に、私は佳子さんに会うことができたので、小池さんの思いを伝えました。
「小池さんは、あなたのことをいつも気にかけていたし、『家にいたい』という願いをかなえてくれたことにも感謝していたよ」
「それならよかったです。私は何もしてあげられなかったけど、大好きな訪問看護師さんが看取ってくれたと聞いて安心しました。最後まで大好きなビールが飲めて、きっと兄は幸せだったと思います」



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