それに比べれば、甲斐享には警察組織に対する愛着も嫌悪もない。むろん組織人としての自覚がないわけではないだろうが、一警察官としての感覚のほうが強い。それは、元々の個人としての価値観がそうだったとも言えるし、父・峯秋との確執が自ずと警察組織に対する距離感を生んだとも言えるだろう。ダークナイトという裏の顔もまた、組織よりも個人を優先する甲斐享の生きかたの延長線上にある。
しかし、ダークナイトという享の選択は自ら相棒にスカウトした右京にとって大きなショックであり、アイデンティティの危機になりかねないものだった。だから次の相棒は、右京の精神面での立ち直りを助けてくれる存在でなければならなかった。
“ダークナイト”甲斐享の次に“プチ右京”冠城亘が登場する必然
冠城亘は“プチ右京”である。エリート官僚でありながら自由人。より正確に言えば、エリート官僚であることに飽き足らず、ノンキャリアとして警察官になることを選んだとびきりの物好きである。それは、杉下右京の人生をそのままなぞったかのようだ。そして正義の実現を最優先する姿勢においても、亘は右京に重なる。だから2人の関係は、それまでのような上下関係でも師弟関係でもない。対等と言ったほうが近いだろう。
そんな似た者同士であることが、右京と亘の関係のベースだった。だから、信頼関係の構築も比較的早く安定感は抜群だった。
冠城亘が特命係を去るとなったとき、次の相棒には継続と変化が同時に求められた。
まず、ダークナイトの衝撃はそう簡単には収まらない。長年のファンにとっても右京にとっても、いまも頭のどこか片隅にあるだろう。そしてシーズン22になって悦子や息子が突然登場し、甲斐享の物語が再び動き始めた。そのことひとつを取ってみても、『相棒』の制作側がその決着のかたちを模索しているのは間違いない。だがそこに右京が対峙するには、亘がもたらしてくれた安定を失わないような相棒であることが肝要だ。
とはいえ、安定が得られればそれで十分なわけではない。変化も必要だ。まだ予測できない甲斐享の物語にともに対峙しなければならない可能性を鑑みても、より柔軟な感性を持つ存在が相応しい。たとえばそれは、ずっと警察にいるのではなく警察の外側の世界を十分経験した人間ではないだろうか。
この2つの条件を考えたとき、そこにぴったりはまる人間と言えば亀山薫しかいない。すでに右京とのあいだには確固とした信頼関係がある。だから冠城の後をスムーズに引き継げる。そして薫は、警察を辞め、海外でのボランティア活動という得難い経験を積んだ。それは、従来の相棒にはない新鮮な視点をもたらしてくれるだろう。

