中山道から1本裏道へ行くとチェーン店はコンビニくらいで、個人商店の割合が高くなる。蓮沼アスリート通りには、低層の店舗併用住宅が軒を連ねている。
本蓮沼駅周辺にはトプコンの大規模工場を筆頭に、○○電器、○○製作所と書かれた工場も点在する。
ただ、多くの歩行者で賑わうまとまった商店街があるわけではなく、工場の数もそれほど多くない。街中には戸建てと3階程度の集合住宅が多く、住宅地の色が濃い。
台地上なのに「蓮沼」のワケ
本蓮沼はどのような経緯で今の姿になったのだろうか。まず地名の変遷から、街の歴史を見てみよう。
現在、「本蓮沼」という地名はなく、本蓮沼駅付近に「蓮沼町」が存在する。蓮沼町は、1932(昭和7)年の板橋区成立時から1961(昭和36)年に地番整理が実施されるまで志村本蓮沼町だった。
地名は「蓮沼町」なのに、駅名が「本蓮沼」であるのには理由がある。都営地下鉄6号線(現・三田線)開通の際、相互直通運転する予定の東急に蓮沼駅があった。そこで、旧町名の志村本蓮沼町からとって本蓮沼駅とされたのだ。
「蓮沼」の字を見ると、沼のある低湿地が思い浮かぶかもしれない。だが、蓮沼町は武蔵野台地上に位置している。
なぜ「蓮沼」の地名が付いたのかというと、かつて蓮沼は今と違う場所、荒川沿いの低地にあったからだ。しかしたびたび洪水に見舞われており、1728(享保13)年に大きな洪水が起きたため、地名はそのまま台地上へ移転された。現在の蓮沼町にある氷川神社や南蔵院も、同様に移転してきたと言われている。

