銀行やカード会社でも同じようにステージ制を取り入れている。銀行なら預け入れ資産が多い顧客、カード会社は決済額が多い顧客にサービスを手厚くするのは当たり前だが、それでここまでの怒りを買うことはない。
大流行りのポイント経済圏だって、同じグループのサービスを使えば使うほどポイントの還元率を上げる手法はおなじみだ。企業が、こうしたロイヤル顧客を優遇しようとする姿勢は当然なのだが、なぜANAは失敗したのか。
それはANAスーパーフライヤーズカード会員を「お客様」と捉えたことだろう。しかし、そのコアにいるのは、浮気をせずANAを選び、帰属意識を強く抱いている「ファン」でもある人たちだ。自分たちがANAブランドを支えてきたという愛着や自負もあるはずだ。これだって一種の「推し活」だろう。ところが、長年尽くしてきた自分より、「これからは金払いのいいお客様から優先します」と言われたら、それは推しに裏切られたと感じてしまう。
先のタカラヅカでも同じだ。「結局、注いできた熱意より、いくら貢献したかという金額で評価されるのか」と、空しくもなるだろう。単なる客ではなく、ファンに支えられているのだと認識を改めると、また違った着地点が見えてくるのではないか。
金額至上主義への流れは止まらない?
利益を追求することで企業価値を上げ、株主に還元する。その姿勢は、上場企業としてはしごく正しい。ただ、恩恵を受けるはずの株主からも苦言を受けたことは事実で、やはり欠けていた視点があったと言わざるを得ない。とはいえ、富を持たざる者は後回しにされるという大きな流れには逆らえないだろう。我々は、自由経済社会に住んでいるのだから。
それに、推し活の世界だって世知辛い。筆者にも長年応援しているアーティストがいて、熾烈なチケット争奪戦には心が削られる。ファンクラブには属していないのだが、どうも不思議な現象に気づいた。様子をうかがうに、ファンクラブ会員の方がチケット入手に苦労しているようなのだ。
ひょっとして、フリー客には親切にしてご褒美を与え、その推し熱が上がってファンクラブに加入させたとたん……という「釣った魚にエサはやらぬ方式」が存在しているとか? 気持ちが通じ合える優しい場所は、この世界にはないのかもしれない。

