日本でも、上乗せする仕組みとして企業型の確定拠出年金、iDeCo、確定給付企業年金などがある。これらは事前積立方式といえる。
ところが年金水準の国際比較の際に日本では上乗せしないため、世界的には年金水準が低いように見えてしまったりする。
そもそも事前積立方式は、国が行なう社会保障として考えたとき、あまりうまくない。
個人の持ち分をそれぞれに分けることは、高所得者と低所得者の年金格差を生じさせることになるし、長寿化リスクの支えとならないからだ。
もし、ひとりひとりの持ち分を分別管理し、将来の年金原資にし、残余があった場合は遺族が受け取る仕組みを作ったとしよう。一見誰もが公平に「自分の納めた保険料をもらえる」いい制度のように見える。
しかし、長生きすると困ることになる。
「あなたは90歳まで生きた。おめでとう。しかしあなたのために積立・管理してきた年金資産は今月ゼロになる。よって来月からは年金支払いは終了だ」ということになるからだ。
社会保障制度は、大きな財布として国民全体で管理し、長生きした人には一生涯の給付を保険料納付総額以上に支払う。仕組み全体として考えたらそのほうがいい。
「あなたが100歳になろうが120歳になろうが、あなたの保険料納付額を超えても、いくらでも年金は支払い続ける!」という約束があったほうがいいのだ。
私たちはなぜか年金だけ損得を語る。健康保険の給付で得をすることにこだわる人はいない。闘病生活が長ければ元が取れて得かもしれないが、そんなことはうれしくないからだ。
好んで介護状態になって介護保険で得をしたい人もいないだろう。税金に至っては最初から「払った分、戻ってくるか」を気にしていない。
同様に年金損得論からも、少し気持ちを切り離したほうがいい。
年金破綻論で「稼ぐ」人には要注意
年金破綻論者は、基本的に自説を曲げないので議論は嚙み合うことはないが、公的年金が破綻しないことは間違いない。
そして年金破綻論が消えることもない。年金破綻論者は、それぞれに破綻論を述べる動機を隠していることには留意したい。
それが政治家であるのか、マスコミであるのか、SNS等の再生回数を増やしたい個人であるのか、金融機関の人間であるのかは問わず、いずれも「破綻しなくても、耳目を集めればいい」人たちなのだ。
破綻論を述べた彼らは、数十年後に破綻論が実現しなかったとしても責任を取ることはない。ある証券会社OBの人が私に、ニヤニヤしながら語った言葉がある。
「現役時代、公的年金不安を売り文句にすると証券売買の手数料が稼げたものですよ。──ま、そんな私は、国の年金がもらえるので今安心して暮らしているわけですがね」と。
年金破綻論なんて、そんなものなのだ。


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