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キャリア・教育 #生まれつきの才能は不要 東大「逆転合格」の作法

地頭の差でも教育レベルの差でもない…東大生の親を取材してわかった「頭の良さ」の本当の正体

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漫画『ドラゴン桜』
(漫画:©︎三田紀房/コルク)
  • 西岡 壱誠 一般財団法人ドラゴン桜財団代表理事・ドラゴン桜2編集担当
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もう少し具体的に話をします。たとえば、本を読んでいて、知らない言葉が出てきたとします。ここで、人間は2種類に分かれるんですよ。

一方は、「まあ、なんとなく意味わかるからいいか」とスルーして読み進めるタイプ。もう一方は、「あれ、この言葉って厳密にはどういう意味だ?」とスマホを取り出して、その場で調べるタイプ。

たった一つの言葉に対する数十秒の行動の差でしかありません。でも、この差が1日に何十回、1年で何千回と積み重なっていくと、5年後、10年後に、とんでもない開きになる。

僕が東大に入って驚いたのは、同級生の多くが、後者のタイプだったということなんです。

授業でわからない箇所があれば、教授のところにすぐ質問に行く。本で引っかかる箇所があれば、その場で辞書やネットで調べる。ノートを取るときも、書き写すだけで満足せず、「もっと自分にとってわかりやすい形にできないか」と工夫を重ねる。

彼らを見ていて感じるのは、能力の差というよりも、「本気度の差」なんですよね。目の前に転がっている「わからないこと」に対して、本気で向き合っている。手を抜いていない。

頭の性能の差ではなく…

大学の授業を思い出すと、これがすごくよくわかります。

同じ教室で、同じ教授の、同じ話を聞いている。同じ資料が配られていて、同じ90分が流れている。条件はすべて同じはずなんです。ところが、教室を出るときに、学生の頭の中に残っているものは、驚くほど違う。

なぜかというと、「授業を集中して聞こうとしているかどうか」という、姿勢の差があるからなんです。

集中して聞こうとしている人は、教授の言葉を一つも取りこぼすまいとしている。わからない言葉があれば、すぐメモしてあとで調べる。理解できない論点があれば、講義後に質問しに行く。ノートも、あとで見返して自分が再現できるように、丁寧に構造化する。

一方、なんとなく座っているだけの人は、教授の言葉が右耳から左耳へ流れていく。90分後、手元のノートには、なんとなく黒板の板書を写しただけの、意味の弱い文字列が残っている。

同じ場所で、同じ時間を過ごしても、身につく量が10倍以上変わる。この差は、頭の性能の差ではなくて、「その90分に、勝ちに行っているかどうか」の差だと思います。

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