もうひとつ、低山のリスクとして挙げておきたいのが危険生物である。
拙著『低山遭難』ではクマとハブの被害事例を検証しているが、危険生物──マムシ、ヤマカガシ、ハブなどの毒ヘビ類、スズメバチ、イノシシなど──が活発に活動するのは高い山よりも主に低い山のほうだ。
クマは北アルプスなどの高い山にも出没しているが、人身被害は里山や低山、あるいは人里などで多発している。
もともと低山はこれらの生物の生息エリアであり、登山というのはそこへ人間がずかずかと入り込んでいく行為ともいえる。
彼らは基本的に人間を恐れており、自ら好んで攻撃を仕掛けてくるわけではない。
人が被害に遭うのは、多くの場合、彼ら自身や彼らのテリトリーを守るために立ち向かってきた結果である。
我々はそのことを認識し、山に登るときには彼らの生息圏に入り込んでいるという意識を持つ必要がある。
そこで彼らとの無用なトラブルを避けるためには、できるだけ彼らを刺激しないこと、彼らに出会わないようにすることが重要となる。
そのノウハウは生物によって異なるので、事前にしっかりと対応策を学んでおきたい。
なお、クマに関しては、2025年秋に各地で大量出没して人間の生活圏にまで侵入し、人身被害も過去最多となって大きな問題となった。
しかし、登山者が山に入ってクマに襲われたという事故は多発しているわけではなく、人里における人身被害とは分けて考える必要がある。
“人慣れしたクマ”は人間が生み出した
登山中にクマと出会わないための回避策や、遭遇したときの対処法については、基本的に従来から言われていることと変わらない。
ただ、山をテリトリーとするクマのなかにも、近年は人間を見ても逃げない個体が現れはじめている。
クマ鈴を鳴らしても、クマが逃げていかずに平然としていたという報告も複数ある。
これは、人とクマとの“距離”が近くなりすぎて、クマが“人馴れ”してきていることによるものと思われる。
たとえばクマの生活圏のなかを通る登山道を多くの登山者が行き交う現実、食料やゴミの管理が不充分だったために人間の食べ物の味を覚えてしまったクマの存在、さらにSNSでの承認欲求を満たすために、出没したクマに近づいて写真や動画を撮る行為などが、クマの人馴れを増長させてしまったであろうことは想像に難くない。
しかし、こうしたクマの行動がエスカレートすれば、あるいはなにかのきっかけでスイッチが入れば、躊躇なく人間を襲うかもしれない。
今後は、人馴れしたクマにどう対処すればいいのか、また人間とクマが互いに干渉しない適切な距離を保つには、どんな取り組みが必要なのかを模索していく必要があろう。

