たしかに、90年代終わりにはネットバブルが起きて、インチキな会社が本当にたくさんありました。中には社長が逮捕されるという事件もありましたね。
ただ、そういう詐欺師が大量に跋扈するような中を生き残って、真っ当なビジネスが生まれてきたというのも事実です。楽天やヤフー、ライブドアの前身であるオン・ザ・エッヂ、サイバーエージェントなどがその例でしょう。
いかがわしさは、あらゆるマーケットで見られる文化とも言えると思います。
例えば、出版がそうです。美しい出版ばかりでは文化は生まれません。出版が元気だった90年代は、インチキな雑誌も山ほどありましたが、そういうところでライターが育って優秀な書き手になっていくという例がたくさんありました。映画も、日活ロマンポルノを撮っていた人が、後に有名監督になるケースもあったわけです。
汚れた裾野、膨大な山脈が常にあって、そこから生まれてくるものが文化の本質ではないかと僕は思っています。どの分野でも、いかがわしさは必ず必要でしょう。いかがわしい人が寄ってくるぐらいでなければ、魅力がないということです。
オタク文化から大衆文化へ
最初は「いかがわしい人」だらけだったインターネットは、しかし次第にその裾野を広げていきます。ここも大切なポイントです。
90年代終わり頃のインターネットは、ものすごくいかがわしかった。典型的には「オタク」です。「2ちゃんねる」に集まる人は、オタクで、引きこもりで、ニートで、貧乏なのだという雰囲気もあった。でも、それは後の調査で違っていたことがわかっています。実は、意外に理系の高収入の人が多かったのです。
2000年頃のインターネット上でそのようなオタク文化を担っていたのは、西村博之氏をはじめとした70年代生まれの人たちです。

