日本と関わる仕事も手がけてきた。中村雅俊氏の30周年記念レコードや、谷村新司氏、玉置浩二氏といった日本を代表する大物アーティストたちの香港版CDの制作に参画。香港と日本のミュージックビデオ制作では企画からレコーディングまでをプロデューサーとして統括したほか、日本のデザイナーが香港で講演した際には、広東語と日本語の同時通訳も務めた。
2022年には、福島県産の米を使ったビールを香港で販売する取り組みで商品パッケージのデザインを担当。『電波少年』時代の仲間、なすび氏が福島の復興支援の活動をしていることを知り、自身も福島を応援したいという気持ちから参画した。
「日本と関わる時に一番嬉しいのは、大好きな日本語に触れられることです。僕にとって日本語は『第2の母国語』で、英語よりも大切な言葉。だから日本語を使える場には、どうしても参加したくなっちゃうんです」
現在はデザインコンサルタントとして独立し、多忙な日々を送るが、今後は日本に関わるプロジェクトをもっと増やしたいと意欲を見せる。
チューヤンは「今も日本が大好き」
インタビュー中に何度も登場したのが「成長」というワードだ。『電波少年』の時代から、香港でのキャリアにいたるまで、彼が常に問い続けてきたのは、「過去の自分より少しでも前に進めているか」ということだった。新たな挑戦もまた「自分を成長させる最高のチャンス」とまっすぐに未来を向いている。
「今も日本が大好き。大好きな日本とこれからもつながっていきたい」
チューヤンが香港へ戻り、ゼロからキャリアを築く上で、日本の経験は大きな強みのひとつとなった。その背景には、香港が世界屈指の「親日都市」であるという事実も見逃せない。なぜ香港の人々は、これほどまでに日本ブランドを支持し続けるのか。後編では、チューヤンの視点から日本人気の理由を探っていく。

