給特法は今では「定額働かせ放題」の状態を作った根源のように非難されているが、当時はおおむね歓迎されたという。また1974年にはいわゆる「人材確保法」が制定され、教員給与は大幅に引き上げられた。本法の制定により教員=安月給とのイメージは一掃され、教員の志望者は増加する。
もっとも、この待遇改善も長続きしたとは言いがたく、1980年代以降は再び相対的な給与水準の低下が指摘されるようになる。日本の教育行政は、待遇改善と据え置き(実質的な切り下げ)を繰り返しながらも、長期的な投資水準の低さという基調は変わらなかった、というのが実態に近いだろう。
そして今また、教員志望者が減少してきている。長時間労働に加え、学校や教師に過度な要求を突きつける保護者、いわゆる「モンスターペアレンツ」的な事案の存在も指摘され、対応のために弁護士を入れる学校も出てきているほどだ。教師が精神的に追い詰められることも少なくない。
明治から令和まで「教育をケチる国」日本
以上、明治時代から軽視され、待遇が悪かった教員の立場を振り返ってきた。教員は高潔な人柄や高い倫理観が求められる一方で、経済的な貧しさから世間より卑賤視されることもあった。また教員の過重労働や教員不足は明治期から続く根深い問題であった。
データを見ても、OECD(経済協力開発機構)の調査「図表でみる教育2025」によると、23年、日本は公的な支出のうち教育費(教員の給与や教育施設の設備費など)の占める割合は8%。加盟国37カ国の中で、4番目に低い水準であることが判明している。そして、日本の初等教育の教員初任給(24年)もOECD平均の4万4153ドルを大幅に下回り、3万4863ドルとなっている。
つまり、明治から令和まで日本政府は教育(教員)を国家の未来を支える最重要の「投資対象」ではなく、 いかに安く、効率よく維持するかという「コスト(経費)」として見ていたということではないか(もちろん、明治の教員と令和の教員を比較すると、その待遇は大幅に改善されていることは事実であるが)。
教育は、そして教員はなぜ長きにわたって軽視されてきたのか。その根本を見直し、職業としての魅力を回復させないことには、現代にも横たわる教育に関するさまざまな課題を解決することはできないだろう。
(主要参考文献一覧)
・石戸谷哲夫『日本教員史研究』(野間教育研究所、1958)
・斎藤泰雄「近代的教職像の確立と変遷――日本の経験」(『国際教育協力論集』17-1、2014)
・船寄俊雄・近現代日本教員史研究会編著『近現代日本教員史研究』(風間書房、2021年)
・飯田一史「『教師の給与・待遇』が悪いのは、じつは明治時代からだった…教員をめぐる問題はなぜ生まれ、どう変化してきたのか」(『マネー現代』2022.5.12)
・Education Career 編集部監修「給特法の改正をわかりやすく解説。施行はいつから?最新情報は?」(『Education Career』2025.12.25)
・「公的な支出に占める教育費の割合 OECD加盟国中で低い水準 日本」(『NHK ONE』2025.9.14)
・ 横田直也「教育に投資しない国 — OECD平均の56%しか出さない日本の公財政支出が生む格差の連鎖」(『一般社団法人社会構想デザイン機構』2026.6.2)



