ここでプレミストタワー船橋のモチーフとなった灯明台などを見物したあと、同じ道を戻っていると、行きには気づかなかった看板を見つけた。「正直不動産」。小学館のマンガそのままの屋号だ。思わずおじゃまして、話を聞かせてもらった。
今年66歳になる代表取締役の板橋良夫氏は、船橋で育った。
船橋は「新しい商売の実験場」のような街
「船橋の特徴としてまず言えるのは圧倒的な便利さですね。JR、京成、東武と3つの路線が使えて、東京へも成田・羽田の空港へもすぐに行けます。昔は駅が低くて踏切を渡って乗り換えていたもんだけど、高架になってより便利になりました。かつてはデパートもたくさんあった。西武百貨店、長崎屋、それに松屋百貨店もあったね。今は東武百貨店だけになってしまったね」(板橋氏)
さらに板橋氏は、船橋という場所を新しい商売を始めやすい「総合的に整っている街」と表現する。確かに船橋は新業態のビジネスが多く誕生している 。その象徴的な存在が「ららぽーとTOKYO-BAY(船橋市浜町2)」だ。ここはハワイのアラモアナセンターを参考にして、1981年に開業した。三井不動産が初めて手掛けたショッピングセンターだ。
「そもそもららぽーとは、総合レジャーランドの船橋ヘルスセンターの跡地に建てられたんですよ。これだって、全国的に見てもかなり新しい施設でした。船橋ってそういう土地柄なんです」(板橋氏)
たしかに、イケアの国内1号店も船橋にある「IKEA Tokyo-Bay(船橋市浜町2-3-30)」だ。
船橋で成功すれば、全国的にも勝ち筋が見える。どうやら船橋はそういう地域として存在感を持っているようだ。ある意味で「新しい商売の実験場」のような街なのだろう。それでいて、船橋大神宮のような歴史の深い場所もしっかりと残っている。これが船橋の本当の面白さだ。
前出のさくら事務所・山本氏はこう言う。
「今回の再開発は、かつて街を支えた百貨店の撤退という記憶を塗り替え、船橋を『東のゲートシティ』として再定義しようとするものです。この巨大な垂直の街が、地元の人たちが守ってきた横に広がる生活圏とどう共生していくのか。単なるランドマークの誕生に終わらせず、新旧の住民が調和できる街づくりができているのか、その実態を注視したいですね」(山本氏)
船橋が「新しい商売の実験場」であるなら、千葉県最高層のタワマンは、千葉のタワマン事情を占う存在となるかもしれない。そんな未来も込みで、船橋はタワマンだけじゃない街と言える。

