もちろん、当時の佐野さんにはSNSをやめる選択肢もあった。実際、メガバンク総合職の年収は30代で1000万円を超える。SNS・モデル業の収入がなくても、十分な暮らしはできるだろう。
しかし、佐野さんにとってSNSは「大学時代」そのもの。サークルもバイトもせず、友達と遊ぶ時間を削って打ち込んできた努力の結晶だ。そのSNSをやめることは、佐野さんにとって自己否定以外の何物でもない。
それに、佐野さんは面接でSNSの話をしていた。ゆえに、銀行もその部分は一定の評価をしてくれていると思っていた。だからこそ、銀行の対応は大きなショックだった。
そして、前述のとおり佐野さんは入社前から人事に目をつけられていた。銀行において人事評価は神の訓示だ。その人事に入社前からマイナスな印象を持たれてしまった以上、銀行での出世は望めない。
「銀行の仕事は本気で頑張りたいと思っていました。でも、自分の今の状況や将来を考えたときに、『やっぱりSNSをやめることはしたくない。制限はあるけれどもSNSは続けよう』と判断して、SNSを続けることを決めましたね」
難関資格を取りバリバリ働く同期と比較したとき、自分は…
入行後、佐野さんは人事と話し合いを重ねながら、課された制限の範囲内でSNS発信を続けていた。同時に銀行員の仕事も必死で覚え、社会人としての経験を積んでいった。
しかし、半年ほど経った辺りから、徐々にモヤモヤした感情を抱くようになっていったという。
「同期の行員は、難関資格を取っていたり、英語を極めていたり、頭のいい大学を出ていたり、みんな入行前に培った経験を生かしてバリバリ働いていました。そんな同期と自分を比較したときに、『あれ、私って何もできないんだ』と感じてしまって」
これがもし、佐野さんが自由にSNSを使える状況だったなら、話は変わっていたかもしれない。SNSでは佐野さんのほうが圧倒的な強者であり、SNSさえ頑張れば、多少なりとも劣等感を払拭できたはずだ。
だが、現実的には佐野さんはSNSを制限されていた。ゆえに、佐野さんのなかでは劣等感やストレスが蓄積され続けていった。
「銀行員として成果を出したい気持ちも強かったので、頑張ってはいました。でも、それ以上に『自分の強みを生かせる環境にいたほうが、幸せなんじゃないか』と、徐々に感じるようになって」
そして、佐野さんは入行後9カ月で三井住友銀行を退職。芸能の道へ進んだ。
もちろん、すんなりと退職を決められたわけではない。出世はないとはいえ、メガバンクの総合職は30代で年収1000万円が約束されている仕事だ。
加えて、佐野さんはまだ新卒1年目。1年未満の退職は、一般的に良くない印象を持たれやすい。仮に芸能の仕事がうまくいかなかった場合、再就職で苦労することは目に見えている。
何度も悩み、葛藤した。就活生時代にお世話になったリクルーターにも相談した。

