ちづみは、喪失を“克服する”人物ではない。痛みを抱えたまま、心ここにあらずの時間を生きていく。岸井は、その感覚を自分の中にも知っていると言う。
「私は母を亡くした経験があるわけではないのですが、気持ちが沈み込んでしまう感覚自体は、すごくわかる気がしました。たとえば、ずっと家にいて、どこへ行っても心がここにないような感覚。スーパーに行って食材を買ったのに、そのときの記憶がほとんど残っていない、みたいなことってあると思うんです」
「ただ座って空を見上げてしまうような感覚も、自分の中にあるものとして理解できたので、役作りでは、そういう自分の感覚をもう少し掘っていきたいと思いました」
表情の作り方について尋ねると、岸井はこう答えた。
「『こういう表情をしよう』とか、『この役にはこういう顔が合うな』みたいなことは、あまり考えたことがないですね。どちらかというと、表面的なことよりも、まず内面的なところから始めていって、それがにじみ出てくればいいなと思っています。わかりやすい動きをつけることは、少し苦手かもしれません」
「たとえ自分とはまったく違う役でも、どこかに自分とのつながりを見つけるんです。そこから、そのつながっているパイプを少しずつ太くしていくような感覚で、いつも役と向き合っている気がします」
食事の時間まで違う、台湾撮影で見えたこと
今回の撮影地の多くは台湾だった。制作部も、撮影部も、照明部も、現場の大半を台湾のチームが担った。異国の現場に立つなかで、岸井が最初に抱いたのは「郷に従いたい」という感覚だったという。
「せっかく台湾で、台湾のチームと一緒に作るわけなので、そこに無理に日本のやり方を持ち込まないほうがいいなと思ったんです。自分が入り込んでいきたい世界も、きっとその先にある気がして」
「台湾の街のにぎやかさと、ちづみの静けさは対照的ですし、現場でスタッフの皆さんが忙しく動いているなかで、俳優部の自分がぽつんと立っている、その状態もどこかちづみと重なる気がしました。振り回されるというより、『台湾の撮影ってこういう感じなんだ』と受け入れていくこと自体が、すごく楽しかったです」

