冒頭に戻って、「生成AIがあれば塾はいらない」というのは、人によっては当てはまるし、人によっては当てはまらないと思います。「自分の頭で考える癖」がすでについている子には、塾はいらないかもしれません。でも、まだその癖がついていない子から、塾を取り上げるのは危険でしょう。
AIの前に座ったその子は、99%の確率で「楽な道」に吸い込まれていきます。もっと言えば、生成AIで塾がいらなくなる子というのは、きっとどんな先生でも頭が良くなれる素質を持った人なんだろうなと思います。それが先生じゃなくて、AIでもよかったというだけのことでしょう。
学校や塾・先生の本当の価値というのは、「知識を教えてくれること」ではないと思っています。それは、「考えることから逃げさせないでくれること」にある。横にいる先生が「お前、ちゃんと考えたか?」と聞いてくれる、その機能です。そして、その機能を現時点のAIは果たせていないわけです。
「生成AIを勉強に使ってはいけない」は暴論?
今の時代、生成AIを使わないで勉強するのもナンセンスだと思います。
「電子辞書よりも紙の辞書の方がいい」とか「タブレットよりも紙とペンの方がいい」とか「デジタル教科書よりも紙の教科書の方がいい」とか「動画授業よりも実際の授業の方がいい」とか、勉強においてデジタルというのはかなり否定されがちです。
ですが、そもそも大学に行ったり会社に入ったらスマホもタブレットも生成AIも普通に使うことを求められるわけで、そういう意味ではデジタルもその危険性を理解しつつも一部は利用していく態度が求められます。
「生成AIがあれば塾なんていらない」というのが暴論なのと同じくらい、「生成AIなんて勉強に使ってはいけない」というのもまた暴論なのだと思います。
ただ、もしこの記事を読んでいるのが保護者の方で、お子さんがChatGPTを使って勉強しているのを見たとき、聞いてみてほしい質問があります。それは、「そのAIが出した答え、なんでそうなってるか、自分の言葉で説明できる?」という一言です。
説明できれば大丈夫です。お子さんはAIを「相棒」として使えています。逆に、説明に詰まったら、丸投げに傾きかけているサインかもしれません。
ChatGPTをはじめとする生成AIは、確かにすごい道具です。でも、それは「考える人」が使ってこそ意味がある道具であって、「考えない人」が使えば、その人から考える力をどんどん奪っていく道具にもなり得る。そういう認識を持った上で、子供に生成AIを使ってもらってください。

