ユングは中年期というものを人生の正午に訪れる危機だと考えていました。それは太陽の上昇局面から降下局面への移行であり、人生の前半戦から後半戦への過渡期でした。まずは、これが基本図式。
このとき重要なのは、ユングが人生の前半戦を、現実社会の中で通用する自分を作るべく格闘する時期だとしていることです。若者は自分なりの強みを見つけ、その強みを育て、社会と渡り合える自分を作り上げないといけません。それはある意味で社会向けの「仮面(「ペルソナ」と呼んだりもする)を作り、それをかぶって社会で戦える自分になるということです。エリクソンが「アイデンティティ」と呼んだのもこれです。「何者かになる」のが人生前半の課題になります。
人は「何者かになる」ことで他の可能性を殺していく
面白いのは、「何者かになる」ことが、同時に「ならなかった自分」を生み出すことです。私自身のことを例にするならば、開業心理士として生きることを選んだことで、大学教員として生きる人生を捨てることになりました。人生のある可能性を実現するということは、他の可能性を殺すことにほかなりません。ユングはこのあたりの事情を次のように美しく書き記しています。
この失われた自分のかけらたちが結晶化することで、心の中に生じるのが「影(「シャドウ」と言ったりもする)」です。ユング心理学では影はペルソナの反対概念であり、ようは生きてこなかった自分のことを指します。

